Wandern: maj 2005アーカイブ

ボヒンではもちろん本格的な山歩きのコースにも事欠かない。南ボヒン山脈の縦走については以前に書いたし、トリグラウ登山についてもいずれ書くつもりだ。

ボヒン湖の奥、サヴィツァ滝を訪れるベースになるサヴィツァ小屋 Dom Savica (653m) から (8:25)、滝への道を離れ、南西方向の急な斜面に作られた長いつづら折れの道を上っていく。この斜面も部分的に腐葉土に覆われているだけの石灰岩質なのに、ブナの巨木の林になっている。やがて傾斜がゆるやかになって、谷の道となり、奥へ奥へとたどっていくと、三階建ての大きな Dom na Komni の山小屋 (1520m) に着く(10:30)。約2時間。小屋は有人で、ヤギが飼われている。サヴィツァ小屋からこのコムナ小屋までは、荷物専用のリフトが敷設されている。
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このあたりの地形は氷河によって形成されたもので、谷はU字状、つまり斜面の勾配がきつく、いったんその谷の上に出ると、比較的平らな台地状に広がっているところが多い。ここもそうで、急斜面の樹林の中を登ってきてここまで出ると、あとは西方にずっと石灰岩台地が続いている(当然凹地もたくさんあって、かなりでこぼこしている)。コムナ小屋 (11:30) からほぼ平坦な道を15分ほどのところに、もう一つの山小屋、Koča pod Bogatinom (ボガティン下小屋 1513m)がある (11:45-12:45、昼食)。これは第一次大戦のとき、オーストリアの地区司令部だった。この小屋を過ぎて、なおも西へとたどり、金鉱が出るという伝説のあったボガティン山の北、ウラトツァ Vratca 峠 (1803m) を越え、さらにいくつかの峠を越えていくと、ボヒンの外側、ソチャ川 Soča の谷、トルミン地方に出る。...ようだ。地図で見る限り。(つまり、Koča pod Bogatinom から先は、僕自身は歩いたことがない。)

そもそも、サヴァ・ボヒンカの川沿いにボヒンスカ・ビストリツァに鉄道が通される以前は、この山越えの道が、ボヒンと外界とを結ぶ唯一の道であったらしく、また、第一次大戦時には、「軍用道路」であったらしい。もちろん車が通れるような道ではないが、サヴィツァ小屋からのジグザグの道が山道にしては異様に広いのはそのためだろう。

このボヒンの西側、トルミン地方は、第一次大戦のときに、前線となった。コバリート Kobarid の町には、それを記念する戦争博物館がある。ヘミングウェイが『武器よさらば』で描いたのも、この地の戦闘だ。

たびたび引いているハントケの小説『反復』、設定では1960年代半ばのはずだが、主人公は、ボヒンを去るとき、どうやらこの道を歩き、山上の要塞跡で一夜を明かしている。

まだボヒン滞在中で、荷物全部を抱えてこの大きな山越えをする用意のなかった僕は、ボガティン下小屋まで往復したあと、コムナ小屋から北東の道をたどり、チュルノ・イェーゼロ Črno jezero (黒湖)に向かうことにした。(つづく)

ボヒンの軽いウォーキング・コースは、一つ一つ特色があって楽しい。

湖の奥のサヴィツァ小屋 Dom Savica からサヴィツァ滝に登るコースはすでにあちこちで紹介されている。伝説のまといつくこの高名な滝は実際一見の価値がある。が、そこまでの道はコンクリートで固められてしまっている。

北の谷のスタラ・フジーナの集落から、狭く深い峡谷をほとばしるモストニツァ渓谷を歩いていくと、谷の奥は、たぶん氷河時代に形作られたU字谷だろう、意外にも大きく広がった気持ちのよい牧草地になっていて、そのどん詰まりにやはり滝。(上のサヴィツァ滝に行くコースと、このコースは、入り口のキャビンで入山料を払う。)

同じスタラ・フジーナを出発点に、ストゥードル山 Studor の北側を登り、ウスコウニツァ Uskovnica の台地に広がる大きな牧草地の中を歩くコース。途中、Lom や Mlaka の集落では、そこで作られたチーズ (sir) を味わうことができる。(1950年代後半まで、高地の28ヶ所の牧草地でチーズが作られていたが、現在ではすべてスレドニャ・ヴァース Srednja Vas の工場に集約されている、と Steve Fallon のガイドブックにはある。しかし少なくとも1996年にはこれらの集落でも作って売っていた。)ボヒンのチーズはハードタイプで、とっつき、素っ気無い感じだが、じわりと広がる味わいがある。ウスコウニツァから西に向かって降りていくと、先のモストニツァの奥の牧草地に出る。(チーズや蕎麦粉を使った伝統的な山の食事は、スターラ・フジーナの民俗博物館、Planšarski Muzej に隣接する食堂でも試せる。)

ボヒンスカ・ビストリツァを基点に、鉄道の線路をくぐり、その南東方向、ネムシュキ・ロウト Nemški Rovt の集落からラウネ Ravne の集落まで、南ボヒン山脈の基部の山腹に点在する牧草地と森林をめぐるコース。樹林の中にぽっかりと空いた草地が次々に現れる。森の中のこういう草地をドイツ語で Lichtung と呼び、それを晩年のハイデガーが哲学的ジャーゴンに仕立て上げたことはよく知られている。背の高い黒々とした森に囲まれてぽっかりと現れる目にも柔らかな草地は、かすかな不安の影をまとった安心感のような、不思議な感覚を呼び起こす。

ボヒンスカ・ビストリツァの西、南の谷の南寄りに、おだやかに起伏する丘がある。Dobrava ドブラヴァという名がついている。氷河時代のモレーンだ。全体が牧草地になっていて、作業小屋が点在するこの丘は、ハントケの『反復』で重要な舞台の一つとなっている。ボヒンスカ・ビストリツァに投宿した少年は、毎日ここに登って、兄の遺品である古い大きなスロヴェニア語=ドイツ語辞書に読みふける。このドブラヴァをめぐるコース。明るく開けた丘の上からは、四囲の山々の眺めがとてもいい。そのまま西にたどると、カムニェの隣のポーリェの集落に降りる。『反復』の拙訳の表紙カバーに使った写真はここだ。

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同じくボヒンスカ・ビストリツァから、ポザブリェノ Pozabljeno (忘れられた土地、といった意味だろうか)を通って、これも山腹から湧き出すビストリツァ川の源泉 Izvir Bistrice に到るコース。大部分は林道歩きだが、泉に到る直前、左側の斜面からも滝が吹き出していて、水量の多いときは、通行も困難になる。夏でもなにしろ冷たい水なのだ。一時期、ここをダムにしてしまう愚かしい計画があったが、どうなっただろうか。泉から北側の斜面を登ると、ジュラン Žlan の集落を通って、ポーリェの村に出ることもできる。

ボヒン湖の北岸をだどるコース。南岸は自動車道が走っていて(その脇に遊歩道はあるが)、キャンプ場もあるのに対して、北岸は静かだ。

夏場、どのコースも本当に気持ちがいい。命の洗濯、という古めかしくもキッチュな表現がつい頭に浮かぶ。

ボヒンは周りをスロヴェニアの最高峰トリグラウをはじめとする高山に囲まれ、本格的な登山(たとえば以前のこのエントリを参照)のベースとなる土地だが、軽いウォーキングのコースにも事欠かない。ボヒンスカ・ビストリツァやリブチェウ・ラースの観光案内所で手に入る Bohinj の一万五千分の一地図は、そういうコースを一ダースほど載せている。

野生のオレガノ (dt: Oregano, slo: origano, dobra misel) の一大群落を見つけて感激したのは、そうしたコースの一つ、ボヒンスカ・ビストリツァからサヴァ・ボヒンカの川沿いを下流に向かって歩き、グルメチツェ滝 slap Grmečice へ向かうコースの途上だった。イタリア料理によく使われるオレガノは、南欧起源ということになっているから、イタリアにも遠くないここでこうして生えていても不思議はないが、現実に群落にぶつかると、嬉しかった。

野生のミント (dt: Minze, slo: meta) の一種を、最初に見つけたのは、カムニェの隣村サヴィツァからボヒンスカ・ビストリツァに向かう車道の脇。ついで、ルードニツァの登山道だった。

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ルードニツァ Rudnica は、ボヒンの南の谷と北の谷を隔てる山で、標高946メートル。この山への道も、同じ地図に載っている。カムニェなどのある南の谷は標高500メートル程度だから、標高差はたいしたことはないが、勾配はきつい。下から見上げた斜面は森林と断崖がまじりあって、断崖の一部は激しく崩落したガレ場になっているのが下からも分かる。この南の谷からのルードニツァのコースは、ボヒンに入って、周りの本格的な登山コースに行く前の足慣らしにちょうどいいかもしれない。

カムニェからは、例のよろず屋の前を通って、川沿いの野道(ここでもブラックベリーが摘める)をまっすぐ、となりのサヴィツァ Savica の村まで行き、そこで橋を渡って少し右へ歩くと、2、3軒の民家をはさんで登山口がある。左に向かう林道を離れ、ひたすらまっすぐ急な登山道を登っていくと、やがて左に折れて、ガレ場を渡る。上のミントの写真はこのあたり。このあとは山陵直下の10メートルもない断崖を右に見ながら、ゆるく左に巻いていくことになる。広葉樹林の中の歩き。そのちょっと暗い道が尽きて、稜線上の小さな明るい牧草地に飛び出したとき、息を呑む。まだ刈り取りが終わっていなければ、赤、青、紫、黄色のとりどりの花、その向こうにぽっかりと浮かぶ、最高峰トリグラウの白い姿。稜線上のコルにあたるこの牧草地のこの光景には、初めて訪れたとき、心底ゆさぶられたのを覚えている。
道はそこから東に向かって樹林のゆるやかな稜線上をたどる。右手は先ほど下を歩いてきた断崖だ。この尾根には Široka polica シローカ・ポリツァ (「広い棚」)という名前がついている。10数分で、もう一つの牧草地の作業小屋の脇を通って、北にむかって一登りすると、ルードニツァの山頂だ。樹林の中だが、東面は断崖で、眼下にセノジェータの牧草地、その向こうに南北ボヒンを隔てるもう一つの山、シャウニツァ Šavnica が見える。
復路は往路を戻ってもいいし、稜線上の牧草地から北の谷のスターラ・フジーナ Stara Fužina へ降りてもいい。

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