ボヒンではもちろん本格的な山歩きのコースにも事欠かない。南ボヒン山脈の縦走については以前に書いたし、トリグラウ登山についてもいずれ書くつもりだ。
ボヒン湖の奥、サヴィツァ滝を訪れるベースになるサヴィツァ小屋 Dom Savica (653m) から (8:25)、滝への道を離れ、南西方向の急な斜面に作られた長いつづら折れの道を上っていく。この斜面も部分的に腐葉土に覆われているだけの石灰岩質なのに、ブナの巨木の林になっている。やがて傾斜がゆるやかになって、谷の道となり、奥へ奥へとたどっていくと、三階建ての大きな Dom na Komni の山小屋 (1520m) に着く(10:30)。約2時間。小屋は有人で、ヤギが飼われている。サヴィツァ小屋からこのコムナ小屋までは、荷物専用のリフトが敷設されている。

このあたりの地形は氷河によって形成されたもので、谷はU字状、つまり斜面の勾配がきつく、いったんその谷の上に出ると、比較的平らな台地状に広がっているところが多い。ここもそうで、急斜面の樹林の中を登ってきてここまで出ると、あとは西方にずっと石灰岩台地が続いている(当然凹地もたくさんあって、かなりでこぼこしている)。コムナ小屋 (11:30) からほぼ平坦な道を15分ほどのところに、もう一つの山小屋、Koča pod Bogatinom (ボガティン下小屋 1513m)がある (11:45-12:45、昼食)。これは第一次大戦のとき、オーストリアの地区司令部だった。この小屋を過ぎて、なおも西へとたどり、金鉱が出るという伝説のあったボガティン山の北、ウラトツァ Vratca 峠 (1803m) を越え、さらにいくつかの峠を越えていくと、ボヒンの外側、ソチャ川 Soča の谷、トルミン地方に出る。...ようだ。地図で見る限り。(つまり、Koča pod Bogatinom から先は、僕自身は歩いたことがない。)
そもそも、サヴァ・ボヒンカの川沿いにボヒンスカ・ビストリツァに鉄道が通される以前は、この山越えの道が、ボヒンと外界とを結ぶ唯一の道であったらしく、また、第一次大戦時には、「軍用道路」であったらしい。もちろん車が通れるような道ではないが、サヴィツァ小屋からのジグザグの道が山道にしては異様に広いのはそのためだろう。
このボヒンの西側、トルミン地方は、第一次大戦のときに、前線となった。コバリート Kobarid の町には、それを記念する戦争博物館がある。ヘミングウェイが『武器よさらば』で描いたのも、この地の戦闘だ。
たびたび引いているハントケの小説『反復』、設定では1960年代半ばのはずだが、主人公は、ボヒンを去るとき、どうやらこの道を歩き、山上の要塞跡で一夜を明かしている。
まだボヒン滞在中で、荷物全部を抱えてこの大きな山越えをする用意のなかった僕は、ボガティン下小屋まで往復したあと、コムナ小屋から北東の道をたどり、チュルノ・イェーゼロ Črno jezero (黒湖)に向かうことにした。(つづく)




