間があいてしまいました。どうも、「忙しくて短く書いている暇が無い」の典型のような、整理のできていない、冗長な書き方になってしまっていてごめんなさい。

3月上旬、雪の残るリュブリャーニツァ
茶道などに造詣の深い方が、それを海外で紹介されること自体を否定しているわけではないのです。言いたかったポイントは、われわれが「あっち」を捉まえる態度のこと。われわれが、あちらに住むのであればことさら、スロヴェニアの、日本で言えば歌舞伎や茶道にあたるようなものにばかり注目していてはならない、という当たり前のことです。
たとえば、前にこのブログでも触れたクレントだけでスロヴェニアを語るのは不可能でしょう。あれも「突出していてパッケージ化しやすい」部分ですけどね。










