Slovenija: januar 2006アーカイブ

s_love_nija.png出典(しかしこの地図、ドイツが東西に分かれたままだな。)

スロヴェニア人は、自分たちの国の名前Slovenija、英語名Sloveniaにはloveが入っているんだ、という下らない地口が大好きです。なんでそこだけ英語なのよ? リュブリャーナ Ljubljana は「愛」 ljubezen に繋がっているんだ、という方が、これも語源的にはウソのようですが、まだマシかもしれない。

もっとも、スloveニアという駄洒落は、他の国名、地域名と混同されがちななかで、スロヴェニアの国名を認識してもらうための方便として有効かもしれないし、それを意識して使われているのかもしれません。

Vruja.jpg


Kdor pije alkohol, se čuti glavobol

Kdor pije šlivović, se čuti bledolic



Kdor hoče biti mlad, ta pije sam' muškat

Kdor noče bit' bolan, ta pije sam' teran

Kdor hoče biti mož, ta pije sam' refošk


スロヴェニア語教室の初級クラスで聴かせてもらったのがこの唄。ウルヤ Vruja という、イストラ地方のスロヴェニア人とクロアチア人の民族音楽っぽいバンド。「グドール」 Kdor の部分がアウフタクトになっていてやたらと引き延ばされ、あとは急速にリズミカルに歌います。試みに日本語にすると、

spomin.jpg

日本の桃太郎、金太郎みたいに、という喩えが厳密に言って正しいかどうか分かりませんが、スロヴェニアにも、「国民的」に共有されている説話がいくつもあります。その一つが Kekec ケケッツくんのお話。

上の画像は、ボヒンのスーパーで購入した神経衰弱ゲーム用のカードですが、麗しきヴィダさんや、マティアシュ王などなど、そういった説話の主人公を絵柄として揃えています。ここでジョーカーでかつ箱のタイトルにもなっているのがケケッツ。

tisoc.jpg

「スロヴェニア用語の基礎知識」の筆頭に挙げられるべきはこの詩人の名前でしょう。フランツェ・プレシェレン France Prešeren (1800-1849)。弁護士にして薄幸の抒情詩人。ブレット湖に近い村ウルバに農民の息子として生まれながら、ウィーンで法学を学び、学位を取るまでにいたったものの、弁護士として成功できたわけではありませんでした。ハプスブルクの支配下で、当然スロヴェニア人は不利な地位に置かれていたことでしょう。長い間下働きに甘んじなければならず、自身の小さな事務所をクランの町に開く許可が得られたのは46歳のときでした。コネというものを持たなかったからでもありますが、メッテルニヒ政権のもとで、左派のナショナリスティックな反政府的人物として睨まれてもいました。ウィーンの政府を嘲笑し批判する雑誌に寄稿していたプレシェレンには、存命中の成功はあり得なかったのでした。(なんかよく聞く話のような気もしますが、19世紀にあって、そういう本人にとっては、実際容易な人生ではなかったことでしょう。)

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