リュブリャーナ日記 2005/06: december 2005アーカイブ

11月後半の大雪のあとはずっと灰色の曇り空、ほんのたまに晴れ渡る日もあるといった調子だったリュブリャーナ。クリスマスも雪はなかったが、その翌朝から再び降雪。大晦日の今は薄曇りだが、相当に冷え込んでいる。(リュブリャーナのクリスマスの市のことを、まだ書いていない。でもちっとも「クリスマスの」市ではないから、またあとで書くことにしよう。)

30日になって、盗られたPowerBookのかわりのiBookをようやく手に入れた。店に連絡を取ってから2週間もかかってしまった。もともとリュブリャーナのApple製品取扱店には店頭にタマが少なく、クリスマスシーズンでみんな売り切れ。そこそこの数置いてあったiPodもすべて売りつくしていた。(失ったぶんの仕事を取り返さなくては…)

そういえば、毎日新聞によれば、28日になって、日本の外務省は明日2006年1月1日からスロヴェニアに大使館を開設することを正式に発表した。

それではみなさま、とりあえず、スレチノ・ノヴォ・レト!(よいお年を!)

間抜けな失敗談を延々と書いているうちにクリスマスも終わり、今年ももはや終わろうとしている。最後に、書き残したことをいくつか。
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一定の「専門書」と、リュブリャーナ大学の授業の下準備のために日本のアマゾンから一括して注文した十数冊の村上春樹(大部分は文庫本)を除くと、日本から持参した本は多くない。その中で、出発直前に目にとまって荷物に放り込んできたのが伊丹十三の『ヨーロッパ退屈日記』。大昔に20代後半の伊丹十三が書いたこれが、とても面白かった。すごくまともで鋭敏な感覚の持ち主の文章。当時の日本の平均的認識とのギャップをどうおさめて読ませていくかに苦労しているのも面白いし、それをまた極めて巧みに処理している。
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その後40年も経って、日本は当時の伊丹十三が嘆いている姿よりもまともになったところも多少はあるけれど、大半は今でも伊丹の指摘がそのまま通用する。

かつての寝台車と今回の寝台車、7年前のボンと今のボン、何が違うのだろうか。

今回はうるさい小さな子供二人を連れていたということが、まず条件の違いとして挙げられる。7年前のボンには、出生直後の長男も伴ったが、ベビーカーで寝ているだけだった。小さな子供がうろちょろしていれば、周囲に対する注意力は8割がた減じる。

大昔に僕が乗った寝台車は、ドイツ発、パリ発の寝台車と、「ユーゴスラヴィアの」寝台車だった。今回のクロアチア発とは車両や車掌などの条件が違うかもしれない。

何度か書いているように、ボンには大学院生の頃2年間いて、1998年にも1年間住んだ。ふだん、ヨーロッパまで来る機会は夏ぐらいしかないから、今までヨーロッパのクリスマスシーズンを経験したのは、そののべ三年だけだ。
ボンは小さな街だけれど、こじんまりとしたクリスマスの市が、ミュンスター広場に出る。
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コインロッカーに荷物を入れ、下腹にヘリウムを詰めた風船を抱えたみたいな感覚で、ミュンヘン中央駅前からまっすぐ中心部に向かって歩く。かつてマルセイユでカメラを盗られたあとにミノルタの一眼レフを買い直したシュッツェン通りとバイヤー通りの角のカメラ屋は消滅していた。かわりに、近くのカウフホーフの地下で、今回盗られたのと同じ CyberShot T7 を買い直す。店員は一回り安いカシオの手ぶれ防止機能付きを薦めたが、それなりに使い勝手が気に入っていたことや、まだ手元にある周辺機器がそのまま使えることもあって、サイバーショット。カール門のところには、臨時のスケートリンクができていて、そのあたりから先の歩行者天国には、クリスマスシーズンの市の屋台が並ぶ。土曜の午前の、ものすごい人ごみ。もちろん、渋谷や新宿や梅田の人ごみに比べればタカが知れているのだが、リュブリャーナから出てきた身にとってはたいへんな人出に思える。

浅い眠りだった。ミュンヘン到着の20分前、車掌に起こされる。しばしの間があって、悲鳴をあげたのは家人だった。手にはナイフですっぱりと切られたハンドバッグのショルダーストラップの切れ端を持っている。彼女がベッドの壁側、体の脇に置いて寝たはずのバッグ本体はなかった。あわてて上の段を見ると、彼女のリュック(中身はほとんど着替え)と小スーツケースはそのままだったが、僕のブレントヘイヴンのリュックが消えていた。パワーブックG4、デジカメなどが入っていたリュック。ボンの旧友にと持参したとびきりおいしいスロヴェニア・ワインも2本。

乗り込んで、予約したはずの車両中央付近のコンパートメントに行くと、すでに明かりが消され、カーテンが引かれて、鍵がかけられている。即座にこの車両の車掌らしき男が飛んできて、別のコンパートメントを指示する(あとから考えるとちょっとヘン)。コンパートメントは一室6名なので、残り二人が先に入って閉じてしまったのだろう、車掌の指示した端から二番目、81番から86番までのベッドのコンパートメントは、ほかに乗客はおらず、6名のところ家族4人で占領することができた。そういうことならそれでよかろうと思って、そのままそこに入る。車掌は、鍵の掛け方を手短に説明すると、われわれの乗車券は残し、指定券だけ取り上げて(これもヘン)、そそくさと行ってしまった。

JMMの12月21日配信の最新号、「ナズドラウイェ! fromスロヴェニア」第5回で、成田真巳さんが、「友達の友達はみんな友達」 と題して、スロヴェニアがいかに「狭い世界」かという記事をお書きになっている。「で、今回の話 その2」に行く前に、その話。続きを待ってくださっている数少ない方には申し訳ないようだけれど、JMMの記事は、Web上では残念ながら数日間しか読めない(だから成田さんの記事を今のうちにぜひご一読ください)し、「今回の話」に無関係というわけでもないのだ。

成田さんがスロヴェニア人の家族の一員としての経験から、豊かな具体例をあげて書いていらっしゃることは、要は、スロヴェニアでは、首都のリュブリャーナであっても、大都市的な匿名性は希薄だということだ。

前々から、クリスマス前の、クリスマスの市のシーズンに、ドイツへ行って来ようとは思っていた。ドイツのクリスマスの市の華やぎは有名だ。しかし例年、この時期に日本から出かけることは難しい。いまはともかくヨーロッパにいるのだから、チャンスだというわけだ。最終目的地は古巣のボン。

今回の事件の話の前に、もう少し昔語り。

これまで、ヨーロッパでいっさいトラブルがなかったかと言えば、多くはないが、ないわけではない。いずれも友人の運転する車ででかけたときの話だ。最初はやはり初めてのボン留学のとき。ボン大学に行くにあたって行かされたゲッティンゲンのゲーテ・インスティテュート(ドイツ語学校)で仲良くなった同年輩で名古屋出身の通称「ごっちゃま」は、ベルリン大学に籍を置いていて、中古で買ったベンツを乗り回していた。ベルリンから走ってきた彼の車でオランダのロッテルダムに向かった。二人ともヒエロニムス・ボッシュに関心があって、美術館を目指したのだ。美術館は閑静な住宅街にあり、車を路上に停めて、絵を見に行く。人通りの少ない日曜日の静かな町。
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にぎやかしに上に掲げたボッシュの絵は実はここでの話にはあまり関係ない。

ヨーロッパで以前寝台車を使ったのはずいぶん前のことだ。最初はたぶん1989年の春ではなかったかと思う。最初に西ドイツ(当時)のボンに留学していたときのことで、ボン中央駅ではなく、ライン川を渡った対岸のボン・ボイエル駅から乗って、ウィーン西駅まで行った。

nachtzug.jpg出典

Kaki, Naši, Šitake, Daikon。何のことかお分かりでしょうか。
カキ、ナシ、シイタケ、ダイコン。いずれもこういう日本語そのままの名前でスロヴェニアの市場やスーパーで売られているものです。梨はもちろんいわゆる洋梨が大半ですが、日本の丸い梨も、シーズンにはたまにこの名前で出回っています。大根はまれにしか出ていませんが、椎茸はよく見る。キノコ好きのヨーロッパの人々にとって、マッシュルームと並んで、栽培できる貴重な品種ということなのでしょう。

今は市場に柿があふれています。
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写真で、ちゃんと KAKI と書かれているのがご覧になれるでしょうか。

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プレシェレン広場に建てられたプレシェレンの銅像、その頭に桂冠をかぶせようとしてる女神が乳房をあらわにしていることで、建設当時は「スキャンダル」となったそうですが、いまではだれも何とも思わない。だからまあ、ブルダの銘醸、Šibau シーバウのこのラベルもほほえましいとでもいうところでしょうか。中身は、とても上質のカヴェルネ・ソヴィニョンです。

でも次のラベルは、ドイツ語の少し分かる人ならちょっとぎょっとするかもしれない。

スロヴェニアのワイン生産地域は、大きく三つに分かれます。
ポドラウィエ(ドラヴァ川流域)地域
ポサウィエ(サヴァ川流域)地域
プリモルエ(海岸)地域
sm_zemljevid_slovenije.gif(出典)

リュブリャーナ郊外の大型スーパー、「E. ルクレール」E.Leclerc Slovenija。スロヴェニアの店は日曜日には閉まってしまうところがほとんどですが、ここは日曜も朝9時から午後3時まで(日本の感覚からするとずいぶん中途半端ですが)開いている。ので、この日曜、出かけてみました。日本で言えば、カルフールに似た店構え、雰囲気、品揃えです。

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先週水曜からこの日曜まで、ツァンカル・ハウス Cankarjev dom でブックフェア knjižni sejem が開かれていました。21回目だそうです。

ツァンカル・ハウスの細長いロビーのようなスペースに、スロヴェニアの多数の出版社や書店が小さなブースを出しています。
子供向けの本に重点があったようで、とても充実していました。スロヴェニアのオリジナルと、翻訳と、半々ぐらい。会場真ん中のカフェ横の小さなステージでは、土曜まで、いろいろなパネルディスカッションが行われていました(それを楽しんだり批評したりする力は残念ながら僕にはありません)。土曜までは入場料800トラル、日曜日だけ入場無料。
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ここしばらくの降雪が小休止して、つもったものも取り除かれたりかなり融けたりしている状態の議会広場。そしてそこから眺める城山。
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正面の建物はスロヴェニア・フィルハーモニック・ホール。その手前の、議会広場南側の道は、四季を問わず大型の観光バスが停まっています。

この前の8Pチーズのネタ、ついでにもう一つ。
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これはあの「スロヴェニア女」チーズと同じところが作っているもの。子細に眺めると、やはりなかなか興味深いものがあります。

日曜日、旧市街のリュブリャニッツァ川沿い(ツァンカル河岸 Cankarjevo nabrežje)には、骨董市、蚤の市が出ます。
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タイトルの「ギンコー」はドイツ語でもスロヴェニア語でも「イチョウ」を表す単語。(ドイツ語では Gingo とも。英語は ginkgo か。いずれも「銀杏」の中国語読みに繋がっているようだ。)
この前ヨーロッパでイチョウを見たのはどこだっただろう? とにかくあまり多く見ることのない、オリエンタルな植物なのだ(中国原産のはず)。ところが、子供のリュブリャーナの幼稚園の庭には、見事なイチョウの巨木があって、11月、鮮やかな黄金色を燃え立たせていた。
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I know that many of you are straying into this site since the si.blogs has picked my blog up into their list.

Thank you for your visit to my blog and for your comments. I appreciate your effort to read this journal mostly written in Japanese. The main object of these writings in the category "リュブリャーナ日記 (Ljubljana journal)" is to introduce Slovenia that I like very much to ignorant ;-) Japanes readers.

Sorry to say, some of your comments are a bit too enigmatic that I could reply.

I understand English but I don't feel ease at writing in it. I understand very little Slovene language, resnično na žalost, though I am still trying to learn it. So if you want to comment, please write it in English in full sentences or in very very easy Slovene with correct diacritics or in German, or better, of course, in Japanese. (This blog is in UTF-8. So if the browser or the system you are using is not too much 'aged', you must be able to see Japanese, Slovene, German characters and so on compatibly.)

Thanks in advance for your understanding.

takuya

スロヴェニア・ワインの用語2で書いたように、arhivsko vino (アルヒウスコ・ヴィノ、アーカイヴ・ワイン)というのはドイツなどには見られない独特のプレディカート。とんでもない値段かと思うとさにあらず、手頃な値のものも出ていたので、買ってきました。

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今回購入したのは、Ptujska klet (プトゥイ・セラー)の 1987 年のレンスキ・リースリング。そんなに高いものではなくて、1700トラル程度(ちょうど1000円ぐらい)。

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