
つい最近知ったのだが、これはすぐれた書物だと思う。副題は翻訳では「私のチェロ修業」とされている。クラシックには縁がなかったはずなのに、「三十四歳になってからフルートを、四十歳でチェロを始めた。どちらも二年くらいでやめてしまったが、五十歳になってからまたチェロを始めた。今では、家にいるときは毎日三〜四時間は演奏するようにしている…。」という著者の音楽との出会い、そして柏木真樹の言い方で言えば、「レイト・スターター」としての発見と洞察を綴っている。


今ごろ知ったのだが、音楽をやる人がよく使う「さらう」という動詞、漢字を当てると、他でもない、「復習う」なのだった。
ドブ浚い(死語か?)の「浚う・渫う」でもないし、誘拐や強奪の「攫う」でもないよなあと思いながら、書くときはずっとひらがなで書いていた。実際、IM(egbridge)で変換しても「復習う」が出てくる(Mac純正の「ことえり」では「復習う」への変換はできなかった(^^;))。広辞苑第4版によれば、「教えられた物事を繰り返してならう。復習する」ことで、語源的には「浚う」と同じなのだそうだ。
「さらう」という言い方、考えてみると音楽以外ではほとんど使われていないのではないか。広辞苑の用例は「三味線をさらう」。しぶい。
ギーゼッケ(ギースエッケかもしれない)の『賢い練習、有意義なリハーサル、成功するステージ』なる書物は、音楽家のための、練習から本番までの Tips 集だが、ところどころ妙に細かくて面白い。

中に室内楽アンサンブルの本番のお辞儀の仕方に関する注意(鉄則58)なんてのもある。

ゲオルギアデス『音楽と言語』
(講談社学術文庫、1994年)
ゲオルギアデス(1907-77)はギリシャのアテネ出身で、ミュンヘン大学で長く音楽学講座主任教授の職にあった人。原著は1954年の出版。木村敏の翻訳で、早くから日本でも知られ、現在では文庫本で読める。 ここではその第8章「ドイツ語と音楽」のみを取り上げる。(ページは邦訳書のページ)

文章その他の対象について、「感想」ではなくて、分析的にアプローチし言語化することがどれほど重要であり、とくに日本の外とのコミュニケーションにはいかに欠かせない技能であるか、そのスキルを身に付けるためにはどうすればいいのかを語った『外国語で発想するための日本語レッスン』そのものは、とてもよい本です。おすすめ。(そう言えば、小学生の頃、「どくしょかんそうぶん」が嫌で嫌で仕方なかったのだった。)
著者から送っていただいた。
これはreview というよりはそのためのメモ。
読み始めた時、まず思ったことは、あ、これは冷泉流の改訂版「共同幻想論」なのかな、ということだ。でもその話はおいておこう。
冷泉彰彦自身が、もともと言葉の人であり、「空気=言葉の省略、沈黙」とは隔たったところにいる人物だった。もともとかなり饒舌でかつ論理的な思考のできる学生が多いはずの大学の学生として彼が過ごしていたときでさえ、その点で敬して遠ざかる者が多かったのを、近くにいた僕は覚えている。
まあ、そんな暴露話にはあまり意味はないしフェアでもない。少なくとも、この本そのものの本質にかかわるものではない。著者の、自分の「きちんとした」言葉が伝わらない不幸な経験が背後にあることはおそらく間違いないが、それに対する単なる反動=ルサンチマンの領域は、本書はとうに抜け出ている。
数多くのイタリア本を出しているタカコ・半沢・メロジーさんの比較的最近の本。本書はイタリアを離れて初めて隣国オーストリアを対象に据えている。
半沢さんの文章の特色はひたすら躁的な、テンションの高さにある。とっても素敵、で最高、でほんとに幸せ、な部分を拡大鏡のように見せてくれる物事のつかまえ方、語り方は、他のひとにはちょっとまねの出来ないものだ。
一定の「専門書」と、リュブリャーナ大学の授業の下準備のために日本のアマゾンから一括して注文した十数冊の村上春樹(大部分は文庫本)を除くと、日本から持参した本は多くない。その中で、出発直前に目にとまって荷物に放り込んできたのが伊丹十三の『ヨーロッパ退屈日記』。大昔に20代後半の伊丹十三が書いたこれが、とても面白かった。すごくまともで鋭敏な感覚の持ち主の文章。当時の日本の平均的認識とのギャップをどうおさめて読ませていくかに苦労しているのも面白いし、それをまた極めて巧みに処理している。

その後40年も経って、日本は当時の伊丹十三が嘆いている姿よりもまともになったところも多少はあるけれど、大半は今でも伊丹の指摘がそのまま通用する。
コソヴォ紛争は「終わった」ことにされているが、終わったどころではないし、NATOによる介入こそが事態を悪化させ、いまなおその後遺症が続いていることはさまざまな形で明らかになってきている。
だがそれはヨーロッパの連中は認めたくないことだし、日本の連中は無関心で、どちらでもいいと思っている。
事態をきちんと捉えようと思ったら、木村元彦さんのこの仕事は、第一に参照すべき書物の一つに数え上げなければならないだろう。自らの身を数々の危険に晒しながら、ほんとうの「現地」で確かめながら書かれた言葉。
しかし、瑣末なようだけれども指摘しないわけにはいかないことが一点。巻末に、かつて PLAYBOY 誌に掲載された木村さんのペーター・ハントケとの遭遇の記録が改めて収録されている。NATOの空爆に初めから強く反対し、ヨーロッパ中からバッシングに遭っていたハントケとの。木村さんがそういうハントケに関心を抱いたのは当然のことだし、また邂逅が実現したのも、読者としても幸福なことだと思う。しかし残念ながらこの中の、ハントケがクラーゲンフルトやザルツブルクの大学からの名誉学位を「当然」断ったという記述は事実と180度異なる。アカデミズムを権威権力に見立てたうえで、反権力の方向から筆がすべったのだろう。しかしことはそう単純ではない。うかつにあるいは意図的に流される言葉の多くとはちがって、事実というものが込み入ったものであることは、木村さんご自身がよく知っておられるはずなのに、たとえばミロシェヴィチさえ権力=悪玉と名指せばあとはどうでもいいという頽廃と、構造としてはほとんど同型のもの言いになってしまっている。
ハントケはどちらの学位も受諾している。それぞれの機会に語られた言葉を纏めた小冊子も出ている。
Peter Handke, Adolf Haslinger, Einige Anmerkungen zum Da- und zum Dort-Sein
Peter Handke, Klaus Amann, Wut und Geheimnis
上がザルツブルクの、下がクラーゲンフルトの記録。ヨーロッパ中から叩かれていたハントケに対してあえて名誉学位を与えるという選択の政治的な含意は考えない訳にはいかないはずだし、少なくともクラーゲンフルトに関しては、もう一つの問題が絡んでくる。ハントケがクラーゲンフルト大学で行った実に不思議な記念講演は、ほとんどケルンテンのスロヴェニア系作家の紹介で埋められているのだ。つまり公式にドイツ語スロヴェニア語二言語地域であるはずのケルンテンにおける、スロヴェニア系のあいも変わらぬ弱い地位という問題が根底にある。ハイダーのいるクラーゲンフルトでこういうことを語る意味をちょっと考えてみればいい。そしてかの地でこういうハントケに学位をやることの意味をちょっと考えてみればいい。(ハントケは、フロリヤン・リプシュなど不当に冷遇されていたケルンテンのスロヴェニア語作家の作品をドイツ語に移し紹介するという仕事も、かなり以前からやっている。)
PLAYBOY 誌掲載後、木村さんとハントケの媒介者である元吉瑞枝さんから訂正の必要がある旨連絡なさったように伺っていたのだが、そのまま再掲されてしまった。ボスニアからセルビア、コソヴォに到るさまざまな戦争については、ハントケのテクストと並んで、木村さんの仕事を前提として考えてみるべきだと思っている僕にとってはとても残念なことだ。たぶん、「アカデミズム」という括りで大学や大学周辺にいる人間を眺めるのをやめたほうがいいのだと思う。単純に、いろんなのがいる、というだけのことなのだから。「ジャーナリスト」にもいろいろなのがいるのと同じように。
いや、まずもって僕自身を戒めるべきだろう。スロヴェニアには繰り返し行っているし、ハントケの発言には注意を払っているが、コソヴォはもとよりセルビアにも行ったことがない。いまの僕にとって行かなければ「いけない」ということはないが、行っていないのにセルビアについて何かを語らざるを得なくなるときには、木村元彦を読まなければいけないということは当然の前提として、その上でさらに十分心しなければならないだろう。
この前、カレーソーセージをネタにしたら、Uwe Tim による小説、
『カレーソーセージをめぐるレーナの物語』 の邦訳が出ていて、この浅井晶子さんの翻訳であわてて読んだ。レーナと呼ばれるある女性の愛の物語が、一般に流布しているベルリン起源説とはちがった、ハンブルクを舞台としたカレーソーセージの起源神話となり、それがさらにそのまま戦中戦後のドイツの歴史の語りにもなっている。一人の女性に焦点化した戦争時代の物語という意味では一頃までのNHKの朝ドラに重なるのだが、ウーヴェ・ティムのストーリーテラーとしての力は確かなものだし、翻訳もなかなかいい。訳者とともに、自分は「本物の」カレーソーセージを食べたことがないのかも知れぬ、という気にさせられる。
サッカー・ワールドカップやら「日本におけるドイツ年」やらで、一般向けのドイツ関連の本が少し増えているようだ。そんな中からたまたま目にとまったもの。
ドイチュラント ドイツあれこれおしながき
輸入雑貨店の店頭で見つけて手に取った。つまりそういう店に似あう本。著者のアンテナにひっかかったものを並べた、目一杯偏ったドイツ紹介。それがそれで面白い。5年前ドイツで暮らし始めたとき自分とドイツを結ぶものと言えば「ケストナーだけ」だったという著者、「いつも〈今日はどんな切り口でこの国をこの街を味わおう〉かと考える。喫茶店のメニューを眺めるときのあのわくわく感がたまらなく好きだから、同じように書き並べてみた。ドイツの魅力的なあれこれを」、という冒頭の文句にこの本のコンセプトが要約されている。ベルリンのカフェ、ベルリンの熊たち、カール・マルクス・アレー、ベルリンの書店、ドレスデンのケストナー博物館、E. O. プラウエンの『おとうさんとぼく』、ドイツの古本、ドイツのレコード、ザントマン、ニュルンベルクのクリスマスの市、犬の街ベルリン、エーリヒ・メンデルスゾーンの建築、ベルリンの蚤の市、などなど。写真などのグラフィックが美しく、いっぱいに開いて見たい本なのに、製本が粗末で、ページがばらけやすいのが難点。なお、65ページの、ビリー・ワイルダーが1954年版の『エーミールと探偵たち』を監督したというのは誤りだろう。前のエントリで触れたが、31年版の脚本を書き、54年版にはそのまま台本作家として名前がクレジットされているだけだ。監督はいずれも別の人物。
ゲルマンQ―ドイツ語初心者向け雑学クイズ
新書サイズで黒赤黄の思いきりキッチュなカバーデザイン。「日本におけるドイツ年 2005/2006」参加作品、だそうだ。要するに外来語として何らかの形で日本に入っているドイツ語の単語を主なネタに、260あまりのミニ・クイズに仕立てたもの。知るということが未知のものを既知のものに還元していくことだとするならば、謳い文句通り、「ドイツ語初心者」の語彙学習にはこの本は確かにプラスになるだろう。いや、僕が気がついていなかったものもいくつかあった。
帯に引用された「この本を読んでみるとドイツ語が頭の中に入りやすい気がしました」という高原直泰の文句が微妙に正直でいい。「気がしました」…。
![]() | メジャーリーグの愛され方 冷泉 彰彦 日本放送出版協会 2005-06-07 by G-Tools |
著者から送っていただき、拝読しました。アメリカの中で、メジャーリーグがどのような意味を持っているかということを語った書物です。私自身は日米を問わず野球というものにあまり関心を抱くことなく過ごしてきたのですが、たいへん面白く読めました。1999年に、少しぎこちないものの、スケールの大きな小説『トロイの木馬』でデビューなさった冷泉彰彦氏は、村上龍氏の主宰するメールマガジンJMMなどで健筆をふるっておられます。
第1章はニューヨークの「野球暦」。主に「ストーブリーグ」の話。
第2章は男たちの野球狂いを支える女性たち。もちろんそれが半ば男たちの「幻想」であることも指摘されています。
第3章はリトルリーグの話。
第4章はニューヨークの野球の歴史。
第5章が伝説的な1978年のヤンキースの物語。
以下、次第に頁数を減らしながら第9章=9イニングまで引っ張ります。そこには少し無理があります。ですが、興味深いのは、最終回に突然放たれる「メジャーリーグにおける日本人選手に期待されるのは、実はリーダーシップだと思うのです」というホームラン級の長打でしょう。詳しい議論は本書そのものをご覧いただきたいと思います。
冷泉彰彦氏の強みは、映画や、近隣との付き合い、ご子息たちの学校生活、大学で教師として見ている学生たちといったアメリカの日常の中から見るべきものをつかみ出す視線の確かさにあります。本書は、受験勉強をしていた浪人生であったはずの1978年にメジャーの試合の日本での放送にのめりこみ、その後紆余曲折を経てニュージャージーに居を定め、アメリカの生活の中からアメリカ野球をつぶさに眺め、ご子息たちをリトルリーグで活躍させてもきた、そういう冷泉氏だからこそ書けた本だと言ってよいのでしょう。結局成らなかったとは言え、一時ご子息の日本への「野球留学」を考え、京都まで出向かれた、その時の経験からでさえ、何ものかが掴み取られて本書には生かされています。野球ファンはもちろん、私のようなさして関心を持たない人にも、ご一読をお勧めしたいと思います。
…冷泉彰彦氏の読者に優しくかつ高雅な文体を模倣するのは、私のような下品な人間にはやっぱり疲れます…。あ、全然似ていない? そうですか。そうでしょうね。
初版第一刷のリビュー。本書が対象としている、「コンピュータは操ることができるけれども、プログラミングなんてまったくやったことがない」(p.4)読者、に一二本毛が生えたような立場からのリビューだ。ただし Apache や PHP の設定、MySQLのインストールは、本書に接する前に既に済ませてあった。
結論から言うと、「初心者」や、上記のごとく僕のようなそれに毛の一二本プラスしたような人には、強く薦められる本だと思う。
本書の特色のいくつか。
Windows XP では、Apache や PHP のインストールから始めなければならないわけだが、Mac OS X にはこれらは最初から入っている。したがって、「その分がWindowsより若干ラクです」(p.76)ということになる。
石田豊さんと言えば、Mac関連の書き手として、以前から実績のある方だ。僕がMacを使い始めた頃、石田さんの本で色々と教えられた記憶がある。もしかしたら、本書も、Mac OS X だけで書きたかったのかもしれない。しかしWindowsを使って(使わされて)いる人が多い現状からすれば、出版採算の点からしても、できるだけ多くの人にPHPやMySQLの力を知ってもらうためにも、このような形にせざるを得なかったし、むしろ絶妙な妥協点を見出しているのだと言うべきなのだろう。
不満な点をあえてあげれば、Windowsの場合と記述をそろえるために、p.80 でややこしいエイリアスの使い方をしていること(僕はこれは無視して、もっぱらホームディレクトリの「サイト」フォルダを使った)。
おそらく同じ理由で(第7章4節で Excel なんぞ使っているからでもあるだろう)、わざわざ Shift_JIS を用いていること。(僕はこれも無視して、UTF-8 を使い、郵便番号簿、人名事典データも UTF-8 に変換して使った。添付されている my.cnf ファイルは使わなかった。また、エディタは、紹介されている定評ある mi の代わりに Taco HTML Edit を使った。)Shift-JISがなぜダメかということは改めて書く。p. 258 や p. 320 で、「Mac の標準のターミナルの場合は、日本語表示が化けてしまいます」とあるが、Shift-JIS ではなく UTF-8 を使っていれば化けない。著者は承知で書いているはずだけれども。
第6章と第7章の二章をかけてせっせと作ってきた住所録を、第8章冒頭で「でも私はこれは使いません」と言ってしまうのは、正直だけれどいかがなものか。まあ、データベースと言えば住所録、というのも事実であれば、そんなもの使わなくてもいい、というのも本当だけれど。練習と学習のため(そしてそのためにこの二章は十分な役割を果たしている)とは言え、まじめに取り組んできた読者はやはりちょっとがっくりするのではないか。何かやり方はなかったのだろうか。僕は思いつかないけれど、何か住所録以外のネタ。あるいは、住所録でも、たとえば Yahoo! やらなんやらのモバイルサービスと連携させるというような展開があれば、十二分な意味が出てくるのだけれど、しかしそれは本書の範囲をこえるだろう。難しいところだ。
コンピュータ関連のこの種の本としてはゆゆしい誤植や誤記は少ないほうだと思う。ただしたいていのコンピュータ関連出版社や著者が、訂正やサポートのサイトを設けている(だから安易に誤植だらけの本を出してしまうというのでは困るが)のに、本書とその出版社にはそれが見当たらない。何と質問は往復はがき(!)で出すことになっている。だから、この本の他の読者の参考となることを願って、ほとんどは些細な問題だけれど、気の付いた範囲でここに指摘しておく。本書が対象としているはずのほんとうの「初心者」は、些細なことで躓いてしまうものだからだ。(すべて初版第一刷による。)
・日付
\n";"
"