Peter Handkeの最近のブログ記事

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シャンボール城。Wikipedia より
今やはるか昔、ドイツの大学に2年いた時のこと。ドイツ人のおっさん先生の専門の講義やゼミの気分転換に、それぞれネイティブのおねいさんが教えてくれるフランス語やスペイン語のクラスの方にはるかに熱心に出席した。(当時の日本では大学の語学の授業でネイティブが教えることはまだ決して多くはなかったが、ドイツというかヨーロッパではそれがすでに当たり前だった。必ずしもネイティブが教えりゃいいってもんでもないが...。)

初級か初級に毛の生えたぐらいのクラスだったはずだが、日本でもちょこちょこフランス語はかじっていたし、ドイツへ行ってからもASSIMIL(当時はまだカセットテープだ)などを使って少しは自分で勉強して、ときどきパリにも出かけていたから、先生にはそれなりにデキると見なされていたようだった。

そういえば、フランス語の期末テストで、あるドイツ人学生のあまりに大胆なカンニングに唖然とした。いや、ほとんど感動した。180度首を捩じって、真後ろの学生の答案を見ていたのだ。それがまた咎められもしなかった。日本の例えば今の勤務校では考えられない。

で、フランス語の先生(美しい人だった)に、あなたはデキるからフランスへ行ってフランス語やったらいいわよ、と言われてその気になり(まるで野原しんのすけである、うっほほーい)、二年間のドイツ滞在の最後は、ちょうど再統一に湧くドイツをさっさと離れて、フランスはアンボワーズ(ダ・ヴィンチの終の住み処だ)のフランス語学校へひと月行った。ホームステイ。

    
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1998年に、ボンにいたとき、友人のエーベルハルトにさそってもらって、郊外の小劇場でハントケの『観客罵倒』を観た。登場する俳優は二人だけで、お互いにしゃべりあっていたかと思うと次第に客席に向かって罵詈雑言を吐き始める、そういう「演劇」だ。金属フレームで組まれた5、6段の客席の下に車輪が仕掛けてあって、芝居の途中で黒子が客席全体を前方の壁に向かって押していき、しばらくの間観客はただの壁と向き合わされたり、まあいろいろと時代に合わせて趣向が凝らされていた。周りの観客はすでに心得たもので、罵声をあびせられても、壁とにらめっこさせられても、ひたすらきゃあきゃあ言って愉しんでいる感じで、きっと30倍以上は(ってどういう数字だか分からないが)あったと思われる1960年代末の初演当時のインパクト(途中で憤然と席を立つ観客がいたなどということ)は想像する他なかったが、ともかく面白かった。

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ドイツで購入したアロマオイル
次第に俳優が観客を罵倒し始めるこの芝居の現代風アレンジで付け加えられたセリフの中に、「アロマテラピーやってるやつら」というのがあって、なかなかセンスがいいと思った。近ごろは日本でもいたるところでエッセンシャルオイルが売られるようになった。(「セラピー」は英語の発音を模したもの。ドイツ語、フランス語なら「テラピー」。)
    
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マリボルの街のたたずまいは、地理的・歴史的に言って当然かもしれないが、リュブリャーナなどよりもオーストリア南部の街に似ている。ドイツ語も(ありがたいことに)おそろしくよく通じる。スロヴェニア北西部と違って、国境を限る高い山がないせいもあるだろう。イェセニツェからの列車が長いカラヴァンケ・トンネルを抜けてオーストリア側に出るのに対して、マリボルからグラーツに向かう列車はいつのまにか国境を越える。オーストリアのほうがこころなしか針葉樹が多いといった違いだ。

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盲窓

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ぼーっとしているうちに、リュブリャーナにいられるのもあとちょうど1ヶ月ほどになってしまいました。スロヴェニアやスロヴェニア語の勉強を細々と続け、残りの時間をどう使おうか、そろそろ帰国時の荷物をどうするか考えなければいけないな、などと思案し、子供のためのケケッツ・シリーズの翻訳を続けながら、こちらで片付けるつもりだった(ShimKさんふうに言えば)D書の翻訳を今頃になってせっせとやっていたりします。

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D書というのは実は例によってハントケの作品なのですが、ハントケにとって言葉が事物に対する目を開いてくれるということは一貫して重要なことであって、かつて拙訳で出した『反復』でもそれは同じ。そこでは、ことにスロヴェニア語の単語が、主人公に周囲の事物を見えさせてくれるということが重要なポイントになっています。ハイデガー=現象学ふうのジャーゴンで言えば、アポファイネスタイというやつ。

    
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ドイツ映画『グッバイ、レーニン!』では、コカ・コーラが当時の東から見た「西側資本主義」を象徴するものとして、効果的に使われていた。大小のコカコーラのトラックが左から右に走っていく背後で、衛兵が交替する。その、「交替! Ablösung!」という号令が、体制の交替に重ね合わされていた。
主人公アレックスの母親は、心臓発作で昏睡に陥っていて壁が崩壊したことを知らない。目覚めてからも、ショックを与えてはいけないから、母親にはあくまでも東ドイツが存続していると思わせておこうとする。ところが、よりによって母親の病室の窓の向こうに、コカコーラの巨大な宣伝幕が掲げられる。アレックスは、ビデオ編集に凝っている友人とニセのテレビニュースをでっちあげて見せる。そのインチキニュースで、友人演じるアナウンサーが、「コーラは50年代(だったかな?)の東側の発明であって、それを勝手に盗んで造っていたコカコーラ社が、そのことを認め、東ドイツで共同で生産することになった」といった説明をする。それに対する母親の反応、「あら、コーラは戦前からあったわよ?」という疑問符つきの指摘は無視される。

日本版DVD はこちら:

"グッバイ、レーニン!" (ヴォルフガング・ベッカー)

『グッバイ、レーニン!』には、「コーラ代わり」の飲み物の話はたしか出てこない。でも、またハントケの『反復』の話だが、そこには、主人公の少年が、夜、イェセニツェ(スロヴェニア北西部、オーストリア国境)の駅の食堂で「当時のユーゴスラヴィアでコカコーラ代わりだった黒っぽく甘い飲み物のビン」を前に、一人、座っているシーンがある。1960年のことだ。

この一節を読んだのは1990年代はじめのことで、それ以来、スロヴェニアには何度も来ているけれど、気がつかず、今回初めて目に付いて、これかな、と思ったのがこのコクタ Cockta。体制の転換後、つまり独立後、しばらく市場から消えていて、復活したのかもしれない。

    
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ペーター・ハントケの大作『無人の入り江の一年』には、さまざまな旅とさまざまな土地が登場する。ピランもその一つ。語り手の息子ヴァレンティンが訪れた2月のピランについてはこんな具合だ:

    
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キノコ

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キノコのことを、あまりよく知らない。

先日、近くの低い山に行ったら、ちょうど気候と時期がぴったりだったのだろう、実にさまざまなキノコが生えていてびっくりした。大きなもの、小さなもの、白いもの、茶色いもの、赤いもの、近ごろ店に出るようになったヤマブシタケらしきものも、あれはアミガサタケだったのかなというものもあった。でも目的は別にあったので、ほとんど素通り。

オーストリア出身のペーター・ハントケという作家は相当なキノコ好きでもあって、『反復』"Die Wiederholung" (1986) でもケルンテンの林でキノコを採る話が出て来たし、1000ページ超の「不作法なまでにぶ厚い」作品、『無人の入り江の一年』"Mein Jahr in der Niemandsbucht" (1994) でも、その相当なページ数にわたって、主人公はパリ近郊の森林でキノコ狩りに興じている。1999年の小品、『森のルーシー』 "Lucie im Wald mit den Dingsda" (タイトルは Lucy in the Sky のもじり)になると、ハントケ自身に重なるなんだか情けない父親と、刑事である母親との間に生まれたルーシーという10歳の女の子が、初めは父親のキノコ狂いを嫌っていながらしだいに染まっていき、最後はなぜか投獄されてしまった父親をキノコのおかげで救い出してハッピーエンドになるという、かなり強引なメルヘン。作家自身の手になる10葉ほどのイラストが美しい。

ドイツ人がキノコが好き、キノコ狩りが好き、ということはよく言われているし、どこの町の市場にも、おいしそうなキノコが色とりどりの野菜や果物と並んで売られている。ドイツでは、薬剤師になるにはキノコに関する知識が必須で、人々が、自分で採ってきたキノコを薬局に持っていくと、食べられるかどうか鑑定してもらえる、という話も話としては知っている。薬剤師がみてくれるとは言っても、毎年毒キノコで中毒する人も多いらしい。(ドイツに限らず、フランスとかチェコとか、ヨーロッパの多くの国でこのあたりの事情は共通しているようだ)。でもいくらかドイツで生活したことがあるとは言っても、たかだか1、2年、一度は学生寮住まい、一度は家族とともにアパート住まいをしていただけの僕は、ドイツ人たちのそういう「生活」をあまりよく知らない(南仏、スペイン、スロヴェニアで野生のハーブを探した話やクロアチアで野生のアスパラガスを採りに行った話は以前のエントリに書いたけれど、キノコは未知の世界)。シーズンにホームステイでもすれば、あるいはもう少し腰の据わった家族同士の付き合いなぞすれば違うのだろうし、とにかく一度ドイツのキノコ狩り、やってみたいと思っているのだが。日本でもやればよさそうなものだが、これがなかなか難しい。

日本では一般人(その定義は問題だが)が自分でキノコ採りに行くことはあまりない。ごく少数、ほんとうに好きな人たち、ほんとうによく知っている人たちがいるだけだ、と言って間違いではないだろう。街角の薬局で確認できるわけでもないから、食べられるか否か判定する自信のない人たちにとっては、スーパーで売られているわずかな品種が食用で、山や町や公園で見かけるキノコは無意識のうちにすべて「毒キノコ」だと思ってしまう(思うことにしてしまう)のも無理はない。 「きのこ専門の画家」の小林路子は、こんな話を書いている。東京のとある公園の木の切り株に出ていたエノキタケをスケッチしていると、小学生の女の子と母親が通りかかる。女の子が叫ぶ。「お母さん! きのこがあるよ! ナメコみたいなきのこだよ!」母親は子どもの手をぐっと引いて言う。「毒きのこよ! 触るんじゃないの!」...エノキタケだってのに。小学校低学年とおぼしき女の子の「ナメコみたい」のほうが限りなく正解に近いのだ。この母親の視線はいったい何を見ていると言えるのか。この問題をキノコに限らず僕らがものを見るときの姿勢一般に敷延すれば、お手軽にとても教訓的な結論が得られるけれど、それはここで語るまでもあるまい。

この本の著書あとがきで、小林さんは自分の作品をイギリスの植物園に寄贈した話に関して書いている。「日本は、量、種類ともに、きのこに恵まれた国である。だが、日本の大学には菌類専門の講座もないし、それに、私の絵を大事にとっておいてくれそうな博物館もない。」独自色を出すことに汲々としていながら周囲の後追いしかしていない地方私大あたり、充実した菌類学の学科でも立ち上げてはいかがかとも思う。ロビー活動でもやって法案を通し、卒業生を全国の薬局に送り込む...。もっとも、文系中心で来たところは難しいかもしれないし、何より既存の諸大学薬学部の反撃がすごそうだけれど。

それはともかく、ふと手に取ったその小林さんのこの本、とっても面白かった。


"森のきのこ採り―すぐそばにあるアナザー・ワールド" (小林 路子)

ふとしたきっかけでキノコにのめりこみ、描くキノコ(食用・有毒を問わず)を求めていたるところに出かけていく話が、四季に分けて語られていく。本文のわけの分からない(自己イメージなのだろう)クマちゃんの出てくるモノクロの絵もいいけれど、栞のように投げ込まれたカードのタマゴタケとカバーの折り返しのエノキタケだけがカラーイラストで、それがはっとするような美しさを放っている(こんどこの人のきのこの画集も探してみよう)。何より話の中身が面白い。僕もせめて案外身近にあってかつ売られているものとは全然違うという野生のエノキタケぐらい(もちろん食えるものがいいのだ)、見つけ/見分けられるようになりたい...。

    
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kimura.jpg木村元彦『終わらぬ「民族浄化」セルビア・モンテネグロ』

コソヴォ紛争は「終わった」ことにされているが、終わったどころではないし、NATOによる介入こそが事態を悪化させ、いまなおその後遺症が続いていることはさまざまな形で明らかになってきている。

だがそれはヨーロッパの連中は認めたくないことだし、日本の連中は無関心で、どちらでもいいと思っている。

事態をきちんと捉えようと思ったら、木村元彦さんのこの仕事は、第一に参照すべき書物の一つに数え上げなければならないだろう。自らの身を数々の危険に晒しながら、ほんとうの「現地」で確かめながら書かれた言葉。


しかし、瑣末なようだけれども指摘しないわけにはいかないことが一点。巻末に、かつて PLAYBOY 誌に掲載された木村さんのペーター・ハントケとの遭遇の記録が改めて収録されている。NATOの空爆に初めから強く反対し、ヨーロッパ中からバッシングに遭っていたハントケとの。木村さんがそういうハントケに関心を抱いたのは当然のことだし、また邂逅が実現したのも、読者としても幸福なことだと思う。しかし残念ながらこの中の、ハントケがクラーゲンフルトやザルツブルクの大学からの名誉学位を「当然」断ったという記述は事実と180度異なる。アカデミズムを権威権力に見立てたうえで、反権力の方向から筆がすべったのだろう。しかしことはそう単純ではない。うかつにあるいは意図的に流される言葉の多くとはちがって、事実というものが込み入ったものであることは、木村さんご自身がよく知っておられるはずなのに、たとえばミロシェヴィチさえ権力=悪玉と名指せばあとはどうでもいいという頽廃と、構造としてはほとんど同型のもの言いになってしまっている。

ハントケはどちらの学位も受諾している。それぞれの機会に語られた言葉を纏めた小冊子も出ている。
Peter Handke, Adolf Haslinger, Einige Anmerkungen zum Da- und zum Dort-Sein
Peter Handke, Klaus Amann, Wut und Geheimnis
上がザルツブルクの、下がクラーゲンフルトの記録。ヨーロッパ中から叩かれていたハントケに対してあえて名誉学位を与えるという選択の政治的な含意は考えない訳にはいかないはずだし、少なくともクラーゲンフルトに関しては、もう一つの問題が絡んでくる。ハントケがクラーゲンフルト大学で行った実に不思議な記念講演は、ほとんどケルンテンのスロヴェニア系作家の紹介で埋められているのだ。つまり公式にドイツ語スロヴェニア語二言語地域であるはずのケルンテンにおける、スロヴェニア系のあいも変わらぬ弱い地位という問題が根底にある。ハイダーのいるクラーゲンフルトでこういうことを語る意味をちょっと考えてみればいい。そしてかの地でこういうハントケに学位をやることの意味をちょっと考えてみればいい。(ハントケは、フロリヤン・リプシュなど不当に冷遇されていたケルンテンのスロヴェニア語作家の作品をドイツ語に移し紹介するという仕事も、かなり以前からやっている。)

PLAYBOY 誌掲載後、木村さんとハントケの媒介者である元吉瑞枝さんから訂正の必要がある旨連絡なさったように伺っていたのだが、そのまま再掲されてしまった。ボスニアからセルビア、コソヴォに到るさまざまな戦争については、ハントケのテクストと並んで、木村さんの仕事を前提として考えてみるべきだと思っている僕にとってはとても残念なことだ。たぶん、「アカデミズム」という括りで大学や大学周辺にいる人間を眺めるのをやめたほうがいいのだと思う。単純に、いろんなのがいる、というだけのことなのだから。「ジャーナリスト」にもいろいろなのがいるのと同じように。

いや、まずもって僕自身を戒めるべきだろう。スロヴェニアには繰り返し行っているし、ハントケの発言には注意を払っているが、コソヴォはもとよりセルビアにも行ったことがない。いまの僕にとって行かなければ「いけない」ということはないが、行っていないのにセルビアについて何かを語らざるを得なくなるときには、木村元彦を読まなければいけないということは当然の前提として、その上でさらに十分心しなければならないだろう。

    
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