キノコのことを、あまりよく知らない。
先日、近くの低い山に行ったら、ちょうど気候と時期がぴったりだったのだろう、実にさまざまなキノコが生えていてびっくりした。大きなもの、小さなもの、白いもの、茶色いもの、赤いもの、近ごろ店に出るようになったヤマブシタケらしきものも、あれはアミガサタケだったのかなというものもあった。でも目的は別にあったので、ほとんど素通り。
オーストリア出身のペーター・ハントケという作家は相当なキノコ好きでもあって、『反復』"Die Wiederholung" (1986) でもケルンテンの林でキノコを採る話が出て来たし、1000ページ超の「不作法なまでにぶ厚い」作品、『無人の入り江の一年』"Mein Jahr in der Niemandsbucht" (1994) でも、その相当なページ数にわたって、主人公はパリ近郊の森林でキノコ狩りに興じている。1999年の小品、『森のルーシー』 "Lucie im Wald mit den Dingsda" (タイトルは Lucy in the Sky のもじり)になると、ハントケ自身に重なるなんだか情けない父親と、刑事である母親との間に生まれたルーシーという10歳の女の子が、初めは父親のキノコ狂いを嫌っていながらしだいに染まっていき、最後はなぜか投獄されてしまった父親をキノコのおかげで救い出してハッピーエンドになるという、かなり強引なメルヘン。作家自身の手になる10葉ほどのイラストが美しい。
ドイツ人がキノコが好き、キノコ狩りが好き、ということはよく言われているし、どこの町の市場にも、おいしそうなキノコが色とりどりの野菜や果物と並んで売られている。ドイツでは、薬剤師になるにはキノコに関する知識が必須で、人々が、自分で採ってきたキノコを薬局に持っていくと、食べられるかどうか鑑定してもらえる、という話も話としては知っている。薬剤師がみてくれるとは言っても、毎年毒キノコで中毒する人も多いらしい。(ドイツに限らず、フランスとかチェコとか、ヨーロッパの多くの国でこのあたりの事情は共通しているようだ)。でもいくらかドイツで生活したことがあるとは言っても、たかだか1、2年、一度は学生寮住まい、一度は家族とともにアパート住まいをしていただけの僕は、ドイツ人たちのそういう「生活」をあまりよく知らない(南仏、スペイン、スロヴェニアで野生のハーブを探した話やクロアチアで野生のアスパラガスを採りに行った話は以前のエントリに書いたけれど、キノコは未知の世界)。シーズンにホームステイでもすれば、あるいはもう少し腰の据わった家族同士の付き合いなぞすれば違うのだろうし、とにかく一度ドイツのキノコ狩り、やってみたいと思っているのだが。日本でもやればよさそうなものだが、これがなかなか難しい。
日本では一般人(その定義は問題だが)が自分でキノコ採りに行くことはあまりない。ごく少数、ほんとうに好きな人たち、ほんとうによく知っている人たちがいるだけだ、と言って間違いではないだろう。街角の薬局で確認できるわけでもないから、食べられるか否か判定する自信のない人たちにとっては、スーパーで売られているわずかな品種が食用で、山や町や公園で見かけるキノコは無意識のうちにすべて「毒キノコ」だと思ってしまう(思うことにしてしまう)のも無理はない。 「きのこ専門の画家」の小林路子は、こんな話を書いている。東京のとある公園の木の切り株に出ていたエノキタケをスケッチしていると、小学生の女の子と母親が通りかかる。女の子が叫ぶ。「お母さん! きのこがあるよ! ナメコみたいなきのこだよ!」母親は子どもの手をぐっと引いて言う。「毒きのこよ! 触るんじゃないの!」...エノキタケだってのに。小学校低学年とおぼしき女の子の「ナメコみたい」のほうが限りなく正解に近いのだ。この母親の視線はいったい何を見ていると言えるのか。この問題をキノコに限らず僕らがものを見るときの姿勢一般に敷延すれば、お手軽にとても教訓的な結論が得られるけれど、それはここで語るまでもあるまい。
この本の著書あとがきで、小林さんは自分の作品をイギリスの植物園に寄贈した話に関して書いている。「日本は、量、種類ともに、きのこに恵まれた国である。だが、日本の大学には菌類専門の講座もないし、それに、私の絵を大事にとっておいてくれそうな博物館もない。」独自色を出すことに汲々としていながら周囲の後追いしかしていない地方私大あたり、充実した菌類学の学科でも立ち上げてはいかがかとも思う。ロビー活動でもやって法案を通し、卒業生を全国の薬局に送り込む...。もっとも、文系中心で来たところは難しいかもしれないし、何より既存の諸大学薬学部の反撃がすごそうだけれど。
それはともかく、ふと手に取ったその小林さんのこの本、とっても面白かった。
"森のきのこ採り―すぐそばにあるアナザー・ワールド" (小林 路子)
ふとしたきっかけでキノコにのめりこみ、描くキノコ(食用・有毒を問わず)を求めていたるところに出かけていく話が、四季に分けて語られていく。本文のわけの分からない(自己イメージなのだろう)クマちゃんの出てくるモノクロの絵もいいけれど、栞のように投げ込まれたカードのタマゴタケとカバーの折り返しのエノキタケだけがカラーイラストで、それがはっとするような美しさを放っている(こんどこの人のきのこの画集も探してみよう)。何より話の中身が面白い。僕もせめて案外身近にあってかつ売られているものとは全然違うという野生のエノキタケぐらい(もちろん食えるものがいいのだ)、見つけ/見分けられるようになりたい...。