前のエントリで書いたように、大学の初心者集団のアンサンブルを、ときどき診ている。今年は珍しく「経験者」の新入生が多くて、いろいろと面白い新たな「経験」をさせてもらっている。ヴァイオリンの「経験者」で、いまレッスンでメンデルスゾーンの協奏曲をみてもらっています、という学生(月末にこの曲で「コンクール」に出るそうだ)がいて、先日、その演奏を見せて/聴かせてもらった。そのときに言ったこと。
Musik: julij 2008アーカイブ
ヴァイオリン初心者が弓の「持ち方」を安定させるためのアクセサリ。Super-Sensitive Music Instrument Companyという、なんだかなーという名前の会社の製品。フルフルさんのところで教えていただいて、購入してみた。Amazon.com に出ていたので、他の本を注文するついでに買えば送料の点でも有利かなと思ったが、実体は、amazon.com に間借りしているだけの別の小売店で別会計。本と一緒に送ってもらうことはできなかった。品物は6.95ドル。送料が22.50ドル。送られてきた大きな箱のいっぱいの詰め物の中に、ころっと入っていた。(昔のコーンフレークのおまけを思い出す。)
ぼく自身が使うためではない。大学の「宗教センター」で活動している音楽団体の、初心者の学生を「診る」ことがある。たいていは合奏の指導をしているのだが、個人レッスンみたいなこともやる。で、その中でも弓の持ち方を教えるのはとても難しい。それで、彼らに感じをつかんでもらうためのきっかけや補助になるだろうか、と思ってポケットマネー(って死語か?)で入手した。
言うまでもないことかもしれないが、自分ができるということと教えられるということはまったくもってイコールではない。
メトロノームと呼ばれることになるものをオランダのウィンケルが発明したのが1812年、それを改良して拍・韻律とノモスを合した名称でメルツェルが特許を取ったのが1816年。この本質的になんとも単純な機械仕掛けで均等なパルスを発する器械が、その後の音楽を呪縛することになる。(それはヨーロッパの外、たとえばアメリカや日本でとりわけ著しい影響力を揮うことになる。)
ちょうど実用化されたメルツェルのメトロノームに、ベートーヴェンははしゃぎ、自分の作品にメトロノーム速度を書き入れる。しかしその表記はのちのち論議の的ともなった。ベートーヴェンがメトロノームに感動したのは、あくまでも意図したテンポを伝える手段としてであり、メトロノームに「合わせて」演奏などするものではないということも、彼ははっきりと書いている。
"Gar kein Metronom! Wer richtiges Gefühl hat, der braucht ihn nicht, und wer das nicht hat, dem nützt er doch nichts..." 「メトロノームは無しだ! ちゃんとした感覚のある奴なら、メトロノームは必要ない。感覚の無い奴なら、使っても意味がない。」 (Rostal and Ludwig, 1991, Ludwig van Beethoven: Die Sonaten für Klavier und Violine. ) Sylvio Krause, Das Probespiel Violine, Friedrich Hofmeister Verlag, 2001, S. 7 からの孫引き。
さて、メトロノームとは何の役に立つのだろう? どう役立てるべきものだろう?
- もちろんおおよそのテンポを知るには役立つ。
- テクニカルな練習曲で、難易によって途中で無意識にテンポが変わってしまわないようにチェックするため、アドホックにちょっと使う、というのもアリだろう。
それはちょうど、ウサギ跳びにとてもよく似ている。歯を食いしばって苦行に耐えることで、何か功徳を積んでいるかのような感覚に浸れるのだろう。文字通り「機械的」な、音楽とは無縁の作業でしかないのに。ウサギ跳びがスポーツや体力作りとは実は無関係で、むしろ害になるのと、実によく似ている。


