Musik: september 2007アーカイブ

Einfach üben

今ごろ知ったのだが、音楽をやる人がよく使う「さらう」という動詞、漢字を当てると、他でもない、「復習う」なのだった。

ドブ浚い(死語か?)の「浚う・渫う」でもないし、誘拐や強奪の「攫う」でもないよなあと思いながら、書くときはずっとひらがなで書いていた。実際、IM(egbridge)で変換しても「復習う」が出てくる(Mac純正の「ことえり」では「復習う」への変換はできなかった(^^;))。広辞苑第4版によれば、「教えられた物事を繰り返してならう。復習する」ことで、語源的には「浚う」と同じなのだそうだ。



「さらう」という言い方、考えてみると音楽以外ではほとんど使われていないのではないか。広辞苑の用例は「三味線をさらう」。しぶい。




先日、コンサートを聴きに行った。大阪の真ん中の、残響の多い中規模ホール。わりあい上手な(残響に助けられている部分も多々あったが)アマオケで、短い序曲のあと、モーツァルトのピアノ協奏曲。休憩を挟んでピアノ三重奏という変わったプログラム。どうやらピアニストの主催で、オケと指揮者を雇って開いたらしい。

かなり年配の女性のピアノは悲惨の一言に尽きた。それはモーツァルトでも何でもなかった。山のようなミスタッチは、年齢のせいかもしれない。どちらかというと些細な問題だ。問題なのは、拍節感を欠いた、完全にメトロノーム的なメトリック、フレージングはまるで考えていないとしか思えず、タッチにはまるでニュアンスがないこと、音楽に即したブレスがまったくないこと。これらは、このピアニストがキャリアを積みはじめた大昔から、変わっていないはずだ。要するに最初からまるで音楽になっていなかったということだ。聴いていて、苦痛でしかなかった。

ギーゼッケ(ギースエッケかもしれない)の『賢い練習、有意義なリハーサル、成功するステージ』なる書物は、音楽家のための、練習から本番までの Tips 集だが、ところどころ妙に細かくて面白い。

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Mark Andreas Giesecke. Clever üben, sinnvoll proben, erfolgreich vorspielen. Zimmermann, FaM, 2005. 3-921729-72-6




中に室内楽アンサンブルの本番のお辞儀の仕方に関する注意(鉄則58)なんてのもある。


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ゲオルギアデス『音楽と言語』
(講談社学術文庫、1994年)

ゲオルギアデス(1907-77)はギリシャのアテネ出身で、ミュンヘン大学で長く音楽学講座主任教授の職にあった人。原著は1954年の出版。木村敏の翻訳で、早くから日本でも知られ、現在では文庫本で読める。

ここではその第8章「ドイツ語と音楽」のみを取り上げる。(ページは邦訳書のページ)


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