Musik: september 2006アーカイブ

ボンナー・シンフォニエッタは消滅していたから、オケは前に書いたようにもっぱら大学オケで楽しんだが、トーマスとその仲間たち(きかんしゃではない)とは、トーマスの家でときどき室内楽をやった。

今度のトーマスの家は、ボンの中心から市電=地下鉄で30分ほど、その終点、ライン対岸のバート・ホネフにあった。小さな町だが、ビルケンシュトックのおかげで今や日本でも少し知られた名になっているのかもしれない。あのサンダル会社の本拠地なのだ。98年はしかしまだ爆発的に売れ出す前で、そんな会社があることすら、全然目に立たなかった。一応バートというのだから保養地で、ヴァカンス向けのホテルもある。ライン河畔のニース、というのはちと僭称が過ぎるのではないかと思うが、ボンのすぐ近くでありながら、ゆったりとした時間が流れている気がする。

トーマスの家は、その町はずれの、ラインの河畔はすぐそこの、小さな3階建ての、ちょっと変わったウチだった。

98年のドイツの話のつづき。

この98年4月から翌年3月までのボン滞在、2月に下準備に一週間ほど行った。何だか知らないがあっちの大学に一度出頭する必要があったのと、住居の目星をつけるのが目的だった。

そのとき、かつてあの Bonner Sinfonietta に僕を引っぱってくれたコントラバス弾きのフランス人、トーマスに連絡がとれた。たしかドイツテレコムが個人電話帳をすべてネット上で検索できるようにしていて、それで見つけたのだったと思う。(このサービスは今でも気軽に利用可能だ。日本では、今現在は、ネット上でハローページの情報を検索することはできなくなっている?)

彼にはずっとごぶさたしていて、実はこの直前まで何年か南米のチリで生活していたのだという。絶妙なタイミングで、僕はコンタクトをとったわけだ。連絡していきなり訊かれたのが、おまえはヴィオラは弾けるか? という問いだった。─そりゃ、ハ音記号には慣れていないけれど、複雑な曲でなければ問題はないと思うよ。─なら手伝ってくれ、楽器はある。…というわけで、数日後、いきなりボン近郊の小さな町というか村でのコンサートに乗ることになった。

ずいぶん前に「ドイツの大学オケ・アマオケ(5)」で少し触れたけれど、最初のボン滞在から10年後の1998年、今度は1年間だけだが、再びボンで暮らす機会を得た。そしてそのときに、ボン大学のオーケストラ、collegium musicum に舞い戻った。指揮者は世代交代していた。改めて学期初めのオーディションに出かけていく。以前、このオケで弾いていたんです、と言うと、ならオーディションは要らないわけだね。でも一応弾きましょうか。うん、そうしてください。というようなやりとりがあって、10年前と同じ部屋で、たしかバッハの無伴奏ソナタ1番の第一楽章を弾いた。

uni_bonn.jpg
ボン大学

これも前にも書いたことだけれど、ドイツの大学生というのは、近年残念ながら変化のきざしが見られるとは言え、7、8年在籍していることはざらだから、特に年齢の点で気後れを感じることもなかった。なんと10年前のメンバーでまだ残っているやつもいた。指揮者の先生は今度は僕をセカンドのトップサイドに座らせた。この間に日本のアマオケでのコンマス経験も増えていたし、僕も少しはましな腕になっていたのでもあっただろう。

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