Herbes - Kräuter: maj 2005アーカイブ

ボヒンは周りをスロヴェニアの最高峰トリグラウをはじめとする高山に囲まれ、本格的な登山(たとえば以前のこのエントリを参照)のベースとなる土地だが、軽いウォーキングのコースにも事欠かない。ボヒンスカ・ビストリツァやリブチェウ・ラースの観光案内所で手に入る Bohinj の一万五千分の一地図は、そういうコースを一ダースほど載せている。

野生のオレガノ (dt: Oregano, slo: origano, dobra misel) の一大群落を見つけて感激したのは、そうしたコースの一つ、ボヒンスカ・ビストリツァからサヴァ・ボヒンカの川沿いを下流に向かって歩き、グルメチツェ滝 slap Grmečice へ向かうコースの途上だった。イタリア料理によく使われるオレガノは、南欧起源ということになっているから、イタリアにも遠くないここでこうして生えていても不思議はないが、現実に群落にぶつかると、嬉しかった。

野生のミント (dt: Minze, slo: meta) の一種を、最初に見つけたのは、カムニェの隣村サヴィツァからボヒンスカ・ビストリツァに向かう車道の脇。ついで、ルードニツァの登山道だった。

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ルードニツァ Rudnica は、ボヒンの南の谷と北の谷を隔てる山で、標高946メートル。この山への道も、同じ地図に載っている。カムニェなどのある南の谷は標高500メートル程度だから、標高差はたいしたことはないが、勾配はきつい。下から見上げた斜面は森林と断崖がまじりあって、断崖の一部は激しく崩落したガレ場になっているのが下からも分かる。この南の谷からのルードニツァのコースは、ボヒンに入って、周りの本格的な登山コースに行く前の足慣らしにちょうどいいかもしれない。

カムニェからは、例のよろず屋の前を通って、川沿いの野道(ここでもブラックベリーが摘める)をまっすぐ、となりのサヴィツァ Savica の村まで行き、そこで橋を渡って少し右へ歩くと、2、3軒の民家をはさんで登山口がある。左に向かう林道を離れ、ひたすらまっすぐ急な登山道を登っていくと、やがて左に折れて、ガレ場を渡る。上のミントの写真はこのあたり。このあとは山陵直下の10メートルもない断崖を右に見ながら、ゆるく左に巻いていくことになる。広葉樹林の中の歩き。そのちょっと暗い道が尽きて、稜線上の小さな明るい牧草地に飛び出したとき、息を呑む。まだ刈り取りが終わっていなければ、赤、青、紫、黄色のとりどりの花、その向こうにぽっかりと浮かぶ、最高峰トリグラウの白い姿。稜線上のコルにあたるこの牧草地のこの光景には、初めて訪れたとき、心底ゆさぶられたのを覚えている。
道はそこから東に向かって樹林のゆるやかな稜線上をたどる。右手は先ほど下を歩いてきた断崖だ。この尾根には Široka polica シローカ・ポリツァ (「広い棚」)という名前がついている。10数分で、もう一つの牧草地の作業小屋の脇を通って、北にむかって一登りすると、ルードニツァの山頂だ。樹林の中だが、東面は断崖で、眼下にセノジェータの牧草地、その向こうに南北ボヒンを隔てるもう一つの山、シャウニツァ Šavnica が見える。
復路は往路を戻ってもいいし、稜線上の牧草地から北の谷のスターラ・フジーナ Stara Fužina へ降りてもいい。

アパートは、家主のアドルフさんが自分で建てたと聞いた。敷地はそのまま牧草地。わずかな生け垣のほかは、庭を囲う塀はない。これは村のどの家でも同じだ。

初夏、この草地の植物たちが、色とりどりの花を付ける。いわゆる「ハーブ」の代表格、タイム (dt: Thymian, slo: timijan) やヤロウ (dt: Schafgarbe, slo: rman) は牧草地のいたるところに生えていて、草地を一歩歩けば踏みつけることになる。写真はチコリ(dt: Wegwarte, slo: potrošnik, cikorija)の仲間だと思われる。これもそこかしこに生えている。朝霧の中で、ぼうっと発光するように咲いている青い花(ハルデンベルクか?)はとても美しい。

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先に書いたように、アパートと家主の家の建っている敷地自体が一面牧草地で、その一部が畑、菜園になっている。さまざまな野菜の他、スープセロリやタラゴンなどもそこで栽培している。このあたりの家はどこもそんな自給用の菜園を持っていて、おそらくだからボヒンスカ・ビストリツァあたりのスーパーに行っても、特に葉ものは、あまりよい品を置いていない。推測だが、買うのはバカンス客で、地元の需要はあまりないということではないか。

家主の夫人、マリヤおばちゃんは、僕がこうした植物に関心があると知ると、図鑑を貸してくれたり、いろいろ気づかってくれた。一緒に庭を歩き、あら、こんなのも生えてるわよ、と言って「ぶち!」...こちらが止めるまもなく折り取ってしまうのには参った。ある種途方もない贅沢さ、豊かさ。折ってくれたのは、たしかたった一本咲いていたウサギギク(dt: Berg-Wohlverleih, slo: arnika) だった。

カムニェの村のバス停わきの草地には、初めて見る花弁の無いカモマイル (dt: Kamille, slo: kamilica) が生えていた。和名を知らないので、「坊主カモマイル」と勝手に名付けることにした。花びらのない以外は、15〜20センチの丈も甘いリンゴのような香りも普通のジャーマン・カモマイルに変わらない。

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かつてPeopleという今はなきパソ通の「ハーブガーデン」にポストしたリポート。

「仕事の関係で4ヶ月ほどヨーロッパにおりました。実は野生のハーブを見てくるというのが裏のテーマの一つでした。

「最初に一週間ほど、南フランスを回りました。駆け足でしたが、それでも野生のミント、タイム、フェンネル、マロウが確認できました。本当にみんな野草、ほとんど雑草なんですよね。マロウはそれこそどこにでも生えて、花を咲かせていました。フェンネルもあちこちで見かけました。細く分かれた葉先の一本一本が厚みと艶を持っていて、とても香りの高いものです。特にゆっくり見ることができたのは、F村のペトラルカ博物館の裏手の草地でした。

「こういう野生の植物を「庭」に整形してしまったのがイギリス人、狭いベランダで気候や土壌の違いに悪戦苦闘しながら一生懸命に栽培しているのが日本人ということなのでしょう。ベランダで必死に「栽培」しているのが馬鹿馬鹿しくなります。(もっとも、スイスのローザンヌの駅裏でも、窓辺に置かれた貧弱な料理用ハーブ一式みたいなプランターを目にしました。)

「南仏の名物ラヴェンダー畑は車でかなり入ったところから広がっていますが、6月初旬では残念ながら灰褐色のボサボサした株が並んでいるだけでした。

「かえって寒冷なはずのドイツの街中で、歩道に置かれた石造りのプランターにラヴェンダーやセイジが植え込まれているところが多く、そういうところのラヴェンダーは、5月末から6月でも、意外にも花をつけ始めていました。

「いずれにしても、われわれの多くがあれだけ苦労しているラヴェンダーが、あっけらかんと何の苦もなく元気に育っているのはくやしいというか羨ましいというか」

...現在では、日本の気候に適したラヴェンダーが多く出回るようになり、一般家庭で栽培するのは少しも難しくなくなった。でも1995年ごろ、日本で「ハーブ」がはやり始めたころは、ラヴェンダーを育てるのはとても難しく感じられたのだ。

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