Germans: oktober 2007アーカイブ

ピアノ三重奏の舞台が終わった。細かい擦り傷切り傷はたくさんあったけれど、全体としてはそれなりにスジの通った「音楽」になっていたのではないかと思う。(いや、骨折もあったかな…。)yorikoさん、kaikenくん、お疲れさま・ありがとう。


ところで、昔、70年代くらいまでかな、日本の観光地では、観光地の名前の入った、フェルト製で横長の三角形の「ペナント」なるものを売っていたと記憶する。いつの間にか廃れたようで、もはや見かけない。起源も終焉も謎。少し調べていたら、ニッポン観光ペナント展示館なるサイトに行き当たった。何というか、すごいなあ。ここの「展示」を見ると、80年代初頭まではまだあちこちで生産・販売されていたらしい。

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ペナントでも「観光記念」でもないのだけれど、ドイツでは、今でもよく、観光地の土産物屋などで、金属製のジョーク・プレートを売っている。

スターバッ×スやド×ールのおかげか、急速に市民権を得てきた感のあるエスプレッソ。フランスやイタリアでカフェと言えばエスプレッソのことだけれど、少し前までの日本ではまったく知られていなかった。エスプレッソ用の小さなカップもほとんど出回っていなかった。(日本でデミタスなどと呼ばれることのあるカップだが、これはどうも「英製仏語」くさい。demitasse という単語(半分demiのカップtasse)は英語の辞典には載っているが、フランス語の辞典では出てこない。un demi と言えばビール1杯のことだ。彼らにとってはカフェ=エスプレッソであり、あのサイズが標準だからだろう。少なくとも、普通に使われる表現ではないようだ。)

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今はロシア上空を飛んでヨーロッパまで11〜12時間だけれど、10年ちょっと前までは、北回りと呼ばれるアンカレッジ経由か、南回りと呼ばれるシンガポール、香港など経由のルートか、モスクワ経由のアエロフロートぐらいしか、日本〜ヨーロッパを結ぶ便はなかった。17〜18時間かかった。(さらに昔の小沢征爾や、二葉亭四迷(古すぎ?)は船でマルセイユに上陸したようだけれど。)僕が1988年に(これももはや相当に古い)初めてドイツに行ったのは、アンカレッジ経由だった。成田を発ってたいした時間が経っているわけでもないのに、アンカレッジに降り立ったとたん、空港のうどん屋(そういうのがあったのだ、今もあるのかな)に駆け込む日本人たちが大勢いたのにびっくりした。

ヨーロッパへの直行便が普通になる直前の時期、94年頃か、たしかシンガポール経由でフランスから帰ってきたとき、トランジットのシンガポールの空港で、いかにも「卒業旅行」帰りの大学生みたいな女の子たちがしゃべっていたものだ。(そんな「卒業旅行」みたいなものが行われるようになったのもそのほんの少し前からだった。)「フランスのコーヒーはな、めっちゃ少なくてめっちゃ苦いねん!」…あのな、それがエスプレッソだ。フランスに行くならそれくらい分かってて行けよ、と突っ込みたくなるのをこらえる。今はもう、こんなコたちはいないことだろう。

日本では、若者のお行儀の悪いのは、みんなアメリカから入ってくることになっているが、ドイツもどうして、捨てたもの(?)ではない。地べたに座り込んで通行の邪魔をするとか、そのくらいのことは、ドイツも、日本に十年以上先立つ、立派なセンパイだった。

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ところで、今では日本でもそこらじゅうで手に入るようになったHARIBOのクマちゃんのグミキャンディは、あまり知られていないかもしれないが、古くからのボンの名産品だ。HARIBOの商標からして、ハンス・リーゲル HAns RIegel 氏が BOnn で売り出したことにちなんでいる。ついでに言えば、グミというのはドイツ語でゴムのことだ。そこらへんの事情は日本の輸入元のページにも開陳されている。
株式会社リョーカジャパン|ハリボー




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