ファティフ・アキン『太陽に恋して』

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太陽に恋して何のブログなんだか訳が分からなくなっているこのブログ、もとはと言えば、日本で公開されていなかったりあまり知られていないドイツ映画の紹介から始めたのだった。

わりあい初めの頃に紹介した一つがアキン監督の Im Juli。ドイツ版の DVD で見て気に入り、学生たちにも薦めてきた。台本が出版されていないので、一部のシーンの台詞を自分で必死に聞き取り、プリントして、読ませたこともある。ロードムービーと、メルヘンと、ドタバタ・ラブコメディーを合わせたような作品。

その後、たぶんアキンが『愛よりも速く』Gegen die Wand でベルリナーレの金熊賞を受賞してから・したからだったと思うが、この Im Juli も、たぶん東京でだけ、日本語字幕付きで上映されたという話は耳にしていた。それが、昨年の秋に、日本版 DVD 『太陽に恋して』として出ていたことを、つい最近、学生から知らされた。どうやらそこらじゅうの TSUTAYA に置いてある。早速借り出して観てみた。

邦題は、ちょっとベタだが、ストーリーからして筋が通っている。

字幕は、松浦美奈さんという方の作品。へえ、なるほど、そう来たか、うまいなあ、というところと、え、そうやっちゃったの? というところがそれぞれ2割くらいずつ。

そうしちゃったの?というところの例を三つ。

冒頭近く、ユリがダニエルに指輪を売りつけるシーンでは、「気に入ったのなら、なんでそのために闘わないの?」というユリの台詞が、映画全編を通じて(特に、次に触れるダニエルがレオと「闘う」シーンなどで)重要な意味を持ってくると思うのだが、この台詞は「値切っていいのよ」にされてしまっている。あえて短く、このシーン内に限れば分かりやすく、ばっさり切り捨てたというところか。

もう一つはウィーン近くの酒場でダニエルがレオに挑むシーン。レオがユリのために計算ずくで挑発しているシーンだが、最初、育ちのいいダニエルは、敬称の Sie を使い、bitte (英語の please に相当)を添えて、レオに向かってしゃべる。レオは、「え、何言ってんだ? 分かんねーぞ」という反応。すぐにダニエルは du に対する言い方に切り替え、bitte もやめる。この切り替えは、短い日本語でも十分に表現可能(「すみません、その人を降ろしてください」→「降ろせ!」など)だと思うが、この変化が字幕からは分からない。

もう一つ、ルーマニア国境の「結婚式ごっこ」のシーン。明らかに、牧師や司祭(あるいは市民婚で市役所の役人という可能性もあるのかもしれないが)の司式の台詞をなぞった「あなたは、ユリを妻とすることを望みますか」「あなたはダニエルを夫とすることを望みますか」という部分を、友達同士のやりとりのような日本語にしてしまっている。まあ、あくまでも du が使われているので、それであのような翻訳をされたのだろう。

あと、最初のシーンでオリジナルにはある「7月7日、ブルガリアのどこか」というキャプションや、要所要所で差し挟まれる同様の字幕が、日本版 DVD ではなぜか消滅している。編集のミスか手抜きに思える。たぶんそれを補うためだろう、イサの最初の台詞の字幕に「ここはブルガリアだ」という、元の台詞にはない無茶な挿入が行われている。

なるほどね、と思ったのは、たとえばウィーン近郊の酒場の前のユリがダニエルに向かって言う台詞。Sei doch kein Spielverderber! というやつ。Spielverderber というのは、せっかく楽しんでいるところに水をさす、ゲームをダメにしてしまうやつのこと。その Spielverderber にならないでよ、とユリはダニエルを非難しているわけだが、これをどういうコンパクトな日本語にするのか、ぼくにはまったく見当がつかなかった。ここで字幕は「スネないでよ」となっている。そう来たか、と思った。

もう一つは、貨物船上での晩、ダニエルがユリに「彼女」に逢ったときに言うべき決めの台詞を教えられるシーン。台詞を聞いたあと、最初、ダニエルは、Ist das nicht zu kitschig? と訊ねる。それってキッチュすぎないか? ぼくは「キッチュ」という単語は、カタカナで各種日本語辞典にも載っているし、たしかそれを芸名にしてやっていたタレントさんもいたから、十分日本語になっていると思っていた。しかし学生に尋ねてみると、ほとんど「キッチュ」という〈日本語〉を知らなかった。国語辞典や独和辞典のキッチュないしKitschの説明も、趣味の悪いもの、まがいもの、などとなっているのだが、あまりしっくりこない。ドイツの辞典だと、短くまとまった Langenscheidt の「外国語としてのドイツ語(学習者のための)」辞典の記述でこんな感じ:etwas, das keinen kŸünstlerischen Wert hat, geschmacklos oder sentimental ist. 悪趣味だったりセンチメンタルだったりで、芸術的な価値のないもの。「キッチュ」という〈日本語〉が前提できないとすると、これを短く日本語に置き換えるのは案外難しい。で、この部分、字幕は「キザじゃないか」とやっていた。微妙にズレるが、短さ、明快さ、コンテクストへのはまり具合からして、これはうまいかも、と思ったのだった。そう来たか。

こうしてみると、「なるほどそう来たか」と「え、そうしちゃったの」が紙一重なことは明らかだ。限られた文字数の中でいかに明快に台詞を伝えていくか、字幕翻訳というのがきわめて難しい仕事であることは頭では分かっていたつもりだが、改めて認識させられたような気がする。

待てよ、そう言えば、ドイツ映画の字幕の9割くらいは英語版字幕からの重訳だという悲しい話を伺ったことがある。もしかしたら、この映画でも、酒場のシーンの du と Sie の違いが無視されているのも、そのせいかもしれない。英語にはそんな区別ないもんね。うーむ。

いずれにしても、この作品が日本でもだれでも気軽に見られるようになったことはとても喜ばしい。あとは Solino の日本版、出ないだろうか。ねえ、Aさん?

    
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このページは、takuyaがjunij 8, 2008 7:53 PMに書いたブログ記事です。

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