批評する者とされる者の物語

三つの物語トム・ティクヴァによって映画化された長編小説『香水―ある人殺しの物語』 (文春文庫)や、モノローグドラマ『コントラバス』などで知られたパトリック・ズュースキントに「深さへの強迫 Der Zwang zur Tiefe」というたった6ページほどの短編がある。『三つの物語』という短編集の中の一編。

新進画家の女性が、愚鈍で無責任な「批評家」の、「彼女には深さがたりない」という評言に真剣に悩んでしまって制作ができなくなり、そのまま潰れていき、死んでしまうという話。皮肉でシニカルな、いつもながらのズュースキント。全体としては喜劇的な色合いが強い。(たぶん日本語訳はまだない。英訳は出ている。)
Patrick Süskind, Drei Geschichten und eine Betrachtung. Diogenes, 1995



批評される側に立って、同情することもできるし、あまりこの類の批評をまじめに受け取らないようにしようという教訓として読むこともできる(「コンクールの審査員なんてなにさ」などなど)。


批評する側に立って、その責任を思い起こさせ、軽率な発言を戒めるものとして読むこともできる(「われわれは勝ち誇っている者だけを批評しよう、これから育つ者に対しては慎重でなければならない」などなど)。

でもたぶんこれらの読み方のどれも、ズュースキントにとってはどうでもいいものだろう。映画 Vom Suchen und Finden der Liebe の台本にも表れていたが、基本的に、ズュースキントの関心は、それぞれの主観から出られない人と人の間のディスコミュニケーションから生じる悲喜劇に向けられている。主観の殻やコミュニケーション不全の治療が可能だとも必要だとも思ってはいないフシがある。言ってみれば第三者のシニカルな愉しみ。たぶんそこが、ズュースキントの魅力でもあり、いやらしいところでもある。

    
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