弦楽四重奏を始める人がまず取りかかるのはたいていハイドンの作品で、中学生のときの僕も例外ではなかった。なかでも明朗な作品33、その中でもポピュラーなのが「鳥」の愛称のある作品33の3(Hob. III:39) ハ長調だろう。中野博詞は作品33の明るさ軽快さのよって来たるところを18歳年下の歌手ルイジア・ポルツェリとの恋に帰している(『ハイドン復活』春秋社、1995、115-116ページ)が、それはともかく。

作品33を、ハイドンの「まったく新しい特別な方法」で作曲したという言葉に結びつけ、さらにモーツァルトの「ハイドン・セット」への影響を云々するのが(チャールズ・ローゼンに到るまで)解説の定番だが、最近初めて知って面白いなと思ったのが、この終楽章(2/4拍子)ロンドの主題がクロアチア民謡にもとづいているということだ。
第4楽章のレガートで短調の第二主題がマジャール(ハンガリー)的であることは誰もが気付くが、この楽章冒頭のスタッカートの第一主題がそもそも「コロ」と呼ばれるクロアチア(フェーダーはダルマチア=クロアチア海岸部やボスニアの、と言っている)民謡に拠っていることは、あまり言われていないし知られていないように思う。それを知ったのは、Georg Feder. Haydns Streichquartette. Ein musikalischer Werkführer. Beck, 1998 (S.61-62) から。(楽譜の画像も同所より。上がクロアチア民謡、下がハイドン。)
iTunes Store: コダーイ四重奏団による作品33の3、第4楽章(試聴できるのは第二主題部分)
フェーダー(ハイドン研究の大御所の一人らしい)が典拠として引いているのは、1880年や1900年のハイドン研究論文で、実はかなり古くから指摘されていた事実のようだ。憶測だが、ハイドンの音楽が南スラブの民俗音楽に負うものがあるなどということは、20世紀の政治的気候(二つの大戦、東西対立)の中ではまともに取り上げられなかったのが、21世紀に入る前後の政治変動によって、改めてきちんと認識されるようになったということではないかと思われる。
クロアチア語は分からない。僕の貧弱なスロヴェニア語の知識から類推で分かるのは、Jer sam mlada がスロヴェニア語の Ker sem mlada (だって私(女)は若いのだから)だろうというあたりだけで、いずれちゃんと知りたいなと思っている。フェーダーも歌詞の訳は付けていない。たぶんフェーダーも分かっていないのだろう。(分かったらどうだというのではないけれど。ハイドン自身は…歌詞は分かっていたかもしれないし、分かっていなかったかもしれない。)
フェーダーはコロ kolo とは「車輪」のことだと注釈しているが、どうやら「歌と器楽伴奏によるクロアチア・セルビアの舞曲」を指すらしい。
そして kolo で検索すると、たとえばこんな団体が出てくる。
フェーダーの解説によれば、この楽章の冒頭のチェロが高目の音域に置かれ、重音の内声とともに、音高の点で全パートが密集させられて、四六の和音になっている。これが、民俗音楽的な色彩を強めているという。
たまたま手元に Croatia, 21 Favourite Songs なる怪しげな CD が、いつどこで買ったのか、転がっていた。オーストラリア製。解説もなければそもそも演奏者も記されていない。引っ張り出して聴いてみると、そのものずばりの曲は入っていなかったが、タンブリッツァというのか、おそらくマンドリンのような撥弦楽器が中心になって演奏される軽やかな2/4拍子の曲(たいていポルカの名が冠されている)は、たしかに「鳥」の終楽章冒頭にそっくりな音型に満ちている。Tambracka Polka という曲の冒頭部分:
ハイドンとクロアチアというと、一瞬虚を突かれるような気がするかもしれない(僕はそうだった)が、現代のクロアチアもハンガリーと長い国境線で接している。かつてクロアチアはハンガリーの実質的な支配下にあり、ハンガリーはハプスブルク帝国の主要部分をなしていた。エステルハージ家に仕えていたハイドンにクロアチアの民俗音楽に接する豊富な機会があったであろうことは、考えてみれば想像に難くない。

ハンガリーとクロアチアは国境を接している。
僕はこのことを知る前は、この楽章冒頭の三度で飛び跳ねる8分音符も、たんに鳥のさえずりの一種として捉えていた。それ自体は誤りとは言えないだろうし、このメロディがそれだけ曲全体の中に見事に統合されているということにもなりそうだが、タンブリッツァの調べと聴き合わせてみると、この曲も、また少し違った見方ができそうな気がしてくる。
この前8ヶ月、クロアチアの隣のスロヴェニアに滞在したときには、少なくともザグレブには、一度は出かけようと思いつつ結局機会を失してしまった。僕にとってクロアチアと言えば、まだぎりぎりユーゴスラヴィアだった時代に訪れたドブロヴニクの記憶だけだ。この次行くチャンスがあったら逃さないようにしよう。
その後知ったのだが、Wikipedia 英語版には既にずばり「ハイドンと民俗音楽」という項目があり、クロアチア音楽についても一項が割かれている。 これによれば、交響曲104番「ロンドン」終楽章の冒頭主題も、103番「太鼓連打」終楽章の冒頭主題も、それどころかあのドイツ国歌になっている「皇帝」四重奏の変奏曲主題も、クロアチア音楽起源だという。ただし「鳥」についてはここには言及はない。 ハイドンがクロアチア音楽に負うものを明らかにしたのは19世紀末のクロアチアの民俗学者フラニョ・クハチ、それを英語圏で紹介したのがヘンリー・ハドウだそうだ。ハドウの本の一部はネット上で読め、ここで「鳥」の主題についても触れられている。



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