
今ごろ知ったのだが、音楽をやる人がよく使う「さらう」という動詞、漢字を当てると、他でもない、「復習う」なのだった。
ドブ浚い(死語か?)の「浚う・渫う」でもないし、誘拐や強奪の「攫う」でもないよなあと思いながら、書くときはずっとひらがなで書いていた。実際、IM(egbridge)で変換しても「復習う」が出てくる(Mac純正の「ことえり」では「復習う」への変換はできなかった(^^;))。広辞苑第4版によれば、「教えられた物事を繰り返してならう。復習する」ことで、語源的には「浚う」と同じなのだそうだ。
「さらう」という言い方、考えてみると音楽以外ではほとんど使われていないのではないか。広辞苑の用例は「三味線をさらう」。しぶい。
子どもの頃からピアノなんかやらされてきた人は、「おさらい会」とか、そんな言葉にやや苦くも懐かしい思いを抱くかもしれない。これが音楽以外でも使われるのは、夜のニュース番組。友人の指摘によれば、久米宏がニュース番組をやっていたときに、番組の最後のほうで、それでは今日のニュースをおさらいしましょう、とやったのが始まりではないかという。
ともかく、さらうとは、復習すること。広辞苑の語義説明から見て取れる通り、この言葉のポイントは反復であるらしい。
ところで、ハウツー物と言えば、一昔前はアメリカの独壇場だった。ドイツやフランスでは、そういう出版はあまり盛んではなかった印象がある。ところが最近は、ドイツで出版されるなかなか充実したハウツー本がずいぶん増えてきている。先日触れた "clever üben, sinnvoll proben, erfolgreich vorspielen" もそうだし、楽譜でおなじみの Schott 社がここ数年出している Studienbuch Musik というシリーズもそういった例。
Schott 社
http://www.schott-musik.de/
そのシリーズの中に、ゲルト・マンテル『Einfach üben 易しくさらう』という本がある。副題が、「楽器奏者のための185の普通でない練習処方箋」。「普通でない」というのは、おそらく単に「普通」 üblich を「練習」 Üben にひっかけたさして面白くもない駄洒落。どこかで聞いたような練習のヒントが多いのだが、すごいのはそれがシステマティックに取り集められ、一貫性・整合性をもって並べられていることだ。ドイツ的な徹底性なんて紋切り型を持ち出すことがいいことかどうか分からないが、そんな感じ。
その本の中に、繰り返しについての言及もあるのだけれど、マンテルは練習=繰り返しではないと指摘している。ドイツでも、繰り返せば繰り返すほどいいといったような固定観念はあるわけだが、それは間違いだ、と。間違いを繰り返し体に擦り込んでしまえば致命的だし、正しいことを繰り返すのも、内容によるけれども、せいぜい20回がいいところだ、というようなことを言っている。それ以上繰り返すと、かえって不安も増大してダメになる。同じことなら、練習のポイントのフォーカスを変えて、新たな別の繰り返し練習をするべきだ、繰り返し練習をするなら、予め繰り返しの回数を決めておけ、などなど。
そういや、あちこちで紹介されているクレンペラーの逸話がある。クレンペラーは練習嫌いだった。ウィーンフィルだったかな、あるとき、メンバーがリハーサルで、「マエストロ、念のため〜のところをもう一回お願いします」と言ってきたので、やらせてやった。本番でその箇所は見事失敗した。クレンペラーは言った。「ほれ見ろ、おまえらのクソ練習のおかげで…。」
というわけで、さらう=繰り返すではあるのだけれど、その繰り返しには限定を付けるべきだし、決して機械的になってはならないという、考えてみれば当たり前の話になるのだった。



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