僕は別にDaF屋さん(「外国語としてのドイツ語」の専門家)ではないけれど、このところ、外国人(つまりドイツ語を母語としない人)のためのドイツ語授業に使うゲームについて書かれた本をいろいろと集めてみている。授業でこんなふうに遊びながら学ばせなさい、という、ドイツ語教師向けの本。ゲームを通じてドイツ語を学ぶわけだ。ゲームの中での役割としてドイツ語を口にすることなら、シャイな日本の学生だってできるし、単純な繰り返し練習も楽しくなるし、とにかく盛り上がるし、決して馬鹿にできない。

集めたのはこんなところ。
版元はすべてドイツの名の通ったメジャーな語学出版社。それ自体がドイツらしい感じもするし、こういう絵に接すること自体が学習者にとっては異文化接触だし、こんな絵も蛭子能収以上に不思議な味わいがあると言えばあるのだが、それでもこんなものを大手出版社が平気で出してしまうというのは、日本的な感覚からするとすごい。例外は、最後(右端)に挙げた AOL Verlag のもので、これだけは描き慣れてスタイルを持った漫画家の作品という感じがする。
日本に長く住むドイツ人も、ドイツ人は一般的に絵が下手だと言っていたから、まちがいない。(なんでも、日本の彼女のところに遊びに来たドイツ人の友人を、どこかのデパートでやっていた小中学生の絵画展に連れて行ったら、うますぎる、絶対に教師が手を入れているに違いないとのたまうので、それは違うと説明するのが大変だったとか。)そしてそれはおそらくドイツに限ったことではなくて、ヨーロッパ全般にそうなのだ。もちろん、ヨーロッパにはダ・ヴィンチだってファン・アイクだってルーベンスだってブリューゲルだってC. D. フリードリヒだっていたわけだが、そこらへんは隔絶したレベルであって、その下はとたんに奈落の底というわけだ。考えてみれば、パウル・クレーだって、こういう意味では下手糞な描き手だったのではないか?
中世、ギリシャ・ローマの芸術から何も学ばず、近代にいたって改めてリアリズムするにあたって、カメラ・オブスキュラのような姑息な(?)道具に頼って始めたからだろうか。
逆に日本はなぜ平均的なレベルが高いのだろう? マンガの、ことに手塚治虫以降の、便利なお約束の書法がたくさんでき上がっていて、それをおのずと身に付けているからだろうか。そういえば、ドイツには、まともなオリジナルのストーリーマンガは何もない。もはや古典のLORIOTやUli Steinの一コマ漫画があるだけで、それらは、きわめて突出した存在なのだ。
まあ、こんなところで杜撰な比較文化論をやっていても仕方がないが、とにかくこれらの参考書のイラストのすさまじさはそれ自体感動ものなのだ。
これはヨーロッパではどこでも似たり寄ったりではないかと思うが、去年子どもが行っていたスロヴェニアの小学校の先生は(シュタイナー系だったからか)、例外的に絵が上手だった。妖精たちが森の中で集っているというような絵を、黒板に、チョークで、それは見事に描いていた。











はは。笑いました。イタリア語のテキストはセクシーだったり生々しい話が盛り込まれているのが「らしい」な、と思いながら勉強していました。イラストは上手だったと思いますが、女性がこれ以上ないっていうくらい厚化粧で凹凸を誇張されていました。それに対してドイツ語、スロヴェニア語のテキストは無機質で地味だな〜という印象です。
そうか、イタリアはさすがにまたちょっと違うんですね。
これ書いていたとき、スロヴェニアに関しては、小学校の先生の見事な黒板チョーク絵のことしか思い浮かばなかったけれど、そういえば、スロヴェニア語学習用テキストの一部のイラストはなかなかスゴいものもありましたね。Gita 先生も編集に絡んでいる "Odkrivajmo Slovenščino" とか。