僕は別にDaF屋さん(「外国語としてのドイツ語」の専門家)ではないけれど、このところ、外国人(つまりドイツ語を母語としない人)のためのドイツ語授業に使うゲームについて書かれた本をいろいろと集めてみている。授業でこんなふうに遊びながら学ばせなさい、という、ドイツ語教師向けの本。ゲームを通じてドイツ語を学ぶわけだ。ゲームの中での役割としてドイツ語を口にすることなら、シャイな日本の学生だってできるし、単純な繰り返し練習も楽しくなるし、とにかく盛り上がるし、決して馬鹿にできない。

僕は別にDaF屋さん(「外国語としてのドイツ語」の専門家)ではないけれど、このところ、外国人(つまりドイツ語を母語としない人)のためのドイツ語授業に使うゲームについて書かれた本をいろいろと集めてみている。授業でこんなふうに遊びながら学ばせなさい、という、ドイツ語教師向けの本。ゲームを通じてドイツ語を学ぶわけだ。ゲームの中での役割としてドイツ語を口にすることなら、シャイな日本の学生だってできるし、単純な繰り返し練習も楽しくなるし、とにかく盛り上がるし、決して馬鹿にできない。

著者から送っていただいた。
これはreview というよりはそのためのメモ。
読み始めた時、まず思ったことは、あ、これは冷泉流の改訂版「共同幻想論」なのかな、ということだ。でもその話はおいておこう。
冷泉彰彦自身が、もともと言葉の人であり、「空気=言葉の省略、沈黙」とは隔たったところにいる人物だった。もともとかなり饒舌でかつ論理的な思考のできる学生が多いはずの大学の学生として彼が過ごしていたときでさえ、その点で敬して遠ざかる者が多かったのを、近くにいた僕は覚えている。
まあ、そんな暴露話にはあまり意味はないしフェアでもない。少なくとも、この本そのものの本質にかかわるものではない。著者の、自分の「きちんとした」言葉が伝わらない不幸な経験が背後にあることはおそらく間違いないが、それに対する単なる反動=ルサンチマンの領域は、本書はとうに抜け出ている。
本のタイトルは『りんごの本』だが、頁を繰っていくとさまざまな果物が次々に現れる。色が鮮やかだし、一頁おきに透明フィルムになっていて、それをめくると果物の断面図が現れたり、なかなか楽しい。最後に出てくるのがベリー類。大きな赤い苺(ストロベリー)の描かれたフィルムのかげに、いろいろな漿果の絵が隠れている。

実は、ヨーロッパに行った時のささやかな愉しみの一つが、「さんぽをしたとき」、こうしたベリー類に出会うことなのだ。
...というのは、もちろん、中島義道氏の、あとの諸作はどうでもいいぐらいすぐれた江湖デビュー作(いや、ウィーン本のほうが先か)のタイトル。川端康成のもじりですね。
関西は阪神間の某市の公立中学。校舎には「心で野球を!」という意味不明の幕が掲げられております。毎日、3時ごろだったかな、誰もいない校庭に向かって、ということは近隣の住宅に向かって、毎日同じ、泰西名曲を切り刻んでメドレーにしたものを流しておりました。少し離れたところに引っ越して、幸いあれを耳にすることもなくなりましたが、いったいあれはどのような教育的配慮によるものだったのだろう? 付近住民はなぜなにも言わないんだろう? 学校の近くに落ち着くということはありえない。孟子のお母さんならもう1回引っ越ししなければなりません。孟母四遷。
かなり前のエントリで、腕の関節は4カ所なんだという話について書いた。

対して女性ならば、ノースリーブのドレスというものが存在して、たいそう羨ましい。
いや、自分でノースリーブで弾きたいとまではさすがに思わないし、芸人たるもの、お客様の前に出る時はきちんとした格好をしなければならないものなのかもしれない。でも、今更クールビズなんて間抜けなフレーズを口にするつもりもないが、クラシックの舞台はドレスコードがちょっときつすぎ。
この手のニュース記事に脊髄反射的に反応してばかりいてもろくなブログにならないよなとは思いながらまたコメント。
「2003年末―2005年末、英語、フランス語、日本語の試験を受けた人は延べ1万7704人となり、合格した人数は3975人」って、どういう試験だか記事からはさっぱり分からないからなんとも言えないし、合格者が二割ちょっとなのをどう評するべきなのかも分からない。
たぶん、アメリカと同じで、優秀な人はものすごく優秀な国なんだという気がする(なにせ母数がすごいし)けれど…。
また安易に asahi.com からネタを採る。この記事、「日本語メッセージ」は見られないものの、元記事はこれらしい。
Chaotische Siegesfeiern - Japaner, springt nicht in den Rhein!
道頓堀とライン川ではサイズが違いすぎるから、飛び込むバカはまずおるまいが、逆に言うと、飛び込みたい者にとって、手ごろな場所が、考えてみればボンにはあまりないのは事実。どこか手ごろな場所はないかと問われれば…。
asahi.com: 「W杯初戦は休みに」 ウクライナ政府、企業に勧告へ
asahi.com: 4人に1人「関心なし」 W杯で地元ドイツ
いずれも asahi.com に掲載された対照的な記事。
まず浮かぶ感想:やっぱりウクライナはネイションとしては若いんだな、とか、さすがのドイツもそうなのか、かつてドイツにおけるサッカーは日本における野球みたいなものだと認識していたのだが、日本の野球同様、凋落してきているのだな、とか。〈ベルンの奇跡〉の時代はもはや遠いのだ。
いずれも、いいとも悪いとも言えないことだけれど、ね。