Muzejski vlak 「博物館列車」─スロヴェニアの蒸気機関車ツアー

昨夏、TRAVELLING BY STEAM TRAIN ALONG THE BOHINJ RAILWAYのツアーに乗って、まだそのことを書いていなかった。蒸気機関車の牽く列車でボヒンを通ってソチャ川方面まで行くツアー。6月中旬から9月中旬にかけて8回ほど行われる。

muzejski_vlak.jpg
「博物館列車」(ツアー会社のサイトより)

これほどサービス精神旺盛なツアーもあまりないのではないかと思う。

私たちは昨夏、リュブリャーナの City Hotel 滞在中にこのツアーに乗った。リュブリャーナからは追加料金なしでバスによる送迎がある。朝8時、リュブリャーナの鉄道駅前、東寄りの警察署脇からバスに乗る。ただし、蒸気機関車の牽く列車には、始発駅イェセニツェではなく、次の Bled-Jezero 駅から乗ることになる。

このBled-Jezero 駅からの発車直前、まず寸劇が一つ行われる。この路線が20世紀初頭に開かれた時の開通式を再演したもののようだが、馬に乗った将校(フランツ・フェルディナントか?)がやってきて、儀式が行われる。当時の衣装を身にまとった「駅員」がうろうろしている。

車内には、白いシャツに蝶ネクタイ、サスペンダーに半ズボンといういかにも往時の衣装のアコーディオン弾きの少年がいて、客車から客車へと歩きながら、演奏を聴かせる。これがまた実にうまい。

この路線は、ブレットを過ぎると、ボヒンスカ・サヴァ川を何度か渡り返しながら、谷の奥に向かい、ボヒンスカ・ビストリツァに到る。この路線は以前にも何度か普通のディーゼルカーで利用したことがあるのだが、汽車の旅はまた新鮮だ。

幼い頃、横須賀線を蒸気機関車が走っている光景を目にした記憶はあるのだが、乗った記憶はない。旅客列車はたぶんすでに「電化」されていたのだろう。だから、蒸気機関車の牽く列車では、煤煙を避けるためにトンネルでは窓を閉じるものだという知識はあったが、トンネルの中で、火の粉が、まるでレーザー光によるモダンなゲージツのように赤い線を描いて窓外を飛んでいくことを、今回初めて目にし、知った。

この鉄路が造られたのは1900年から1906年にかけてのこと。当時のオーストリア=ハンガリー帝国が海へ、トリエステの港へ出るための重要な交通路として開かれた。中でもボヒンスカ・ビストリツァから南ボヒン山脈を抜ける長さ6,327mのボヒン・トンネルは、大工事だった。工事は1900年9月から1905年5月までおよんだ。工事が三年目に入ったころ、ようやく電動ドリルが投入される。このため、ボヒンには小さな水力発電書が建設され、さらに南側からも工事を進めるために、6000ボルトの送電線が山を越えて敷設されたという。1906年7月19日の開通式には皇太子フランツ・フェルディナントが列席した。(現在も、車でこの山脈を越えたりくぐったりする道はない。そのかわり、ボヒンからトンネルを抜ける鉄道で車を運ぶサービスがある。)

トンネルを抜けるとバチャ Bača 川の谷で、汽車はさらにしばらく走って、バチャ川がイドリィツァ川に合流すると間もなく終着駅モスト・ナ・ソチ。到着すると、旅行会社の人間(たぶん)が、民族衣装を着て、小さく切った白パンをたくさん入れたかごと、火酒やワインやジュースを載せたトレーを持って、出迎える。パンには塩を付けて食べる。スロヴェニアの古い風習なのだそうだ。

そこからバスに乗って、ソチャ川をさかのぼり、コバリートに向かうはずが、走りはじめたバスはすぐに停まってツアー客を降ろした。何かの都合で、ツアー最後に予定されていたソチャ川の遊覧船に、まず乗ることになったらしい。ルツィア号 Lucija という名の川船。下流のダムまで行って戻ってくる一時間の遊覧。乗り場のあたりではソチャ川が湖状に広がっている。「ソチャ川の橋=モスト・ナ・ソチ」をくぐるとすぐに左からイドリィツァ川が合流する。二つの川の水の色がまったく違うのが面白い。船長は、船の中央、乗客と同じ高さでクラシックな舵をとりながら、周囲の伝説?をスロヴェニア語英語ドイツ語で面白おかしく語る。舵を動かさなくても済むようなあたりでは、乗客の中の子供たちを一人一人舵の前に立たせ、自分の帽子をかぶらせるサービスをする。親たちは喜んでパチパチ写真を撮る。

モスト・ナ・ソチに戻り、バスでソチャ谷の奥、アルプスの山懐のコバリートへ。そこで昼食。1994年に路線バスを乗り継いでやってきたときに泊まったのと同じホテルの食堂だった。ずいぶん小綺麗になったような気がする。近くの席にはヴェジタリアンのイギリス人老夫婦がいた。食事に引き続き、旅行社のスタッフがちょっとしたショーをやる。スロヴェニア版二人羽織。ここでもサービス精神旺盛だ。

それからしばらくは自由時間。いちおう選択肢は二つあって、第一次大戦の記録や遺品を展示する戦争博物館を見に行くか、ガイド付きで街や周辺を歩く(このあたりは、第一次大戦当時、イタリアとオーストリアの間の前線、激戦地で、大規模な山岳戦もあった)。こどもたちにはその間、マンガのビデオを見せておける...。とパンフにはあるのだが、この日、昼頃には雨になり、歩き回るには都合が悪くなっていた。仕方なく、以前にも入った戦争博物館を見にいく。内容は少しずつ充実してきているようだ。

バスでモスト・ナ・ソチに戻り、再び汽車に乗る。もう帰るだけ、と思ったら、ここでも旅行社は出し物を用意していた。「第一次大戦当時のオーストリアとイタリアの兵士」が駅舎の脇からバラバラと現れて、撃ち合いをコミカルに演ずる。

それから再び汽車の旅を楽しんで Bled-Jezero で降り、送迎バスでリュブリャーナへ。

料金は6歳から15歳まで30ユーロ、15歳以上60ユーロ。ちょっと高いのは、蒸気機関車を動かすには大変な準備とコストがかかるからだ、と言い訳のようにパンフには書かれているが、いろいろ考え合わせると、決して乗ってソンはないツアーだと思う。往復の汽車旅だけという選択肢もあって、それだと子供17ユーロ、大人30ユーロ。

    
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このページは、takuyaがmarec 28, 2006 9:36 AMに書いたブログ記事です。

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