
プトゥイのクレントたちを見てすぐ、19:03の InterCity246 で Pragersko 乗り換え (19:17-19:35)、IC502 で 19:52 マリボル帰着。クレントヴァニェで混み合うことも予想して、プトゥイ泊にしなかったのだが、平日のこの日は、案に相違して人出も決して多くなく、イベント自体、地元の人たちのお祭りというなごやかな雰囲気だった。たぶん、週末や、カーニヴァル本番の火曜あたりは、かなりの人が集まるのだろう。
翌23日木曜、10:20 の列車で国境を越え、まだ行ったことのなかったグラーツ(オーストリア)に向かった。グラーツまでは一時間ほど。例のヴィザ問題を抱えているので、オーストリア側の官吏に、入国スタンプを捺してくれとわざわざ頼む。言わないと、何も捺さずにパスポートを返してくることがある。
グラーツの宿は決めていなかった。
中央駅前の停留所に3番の市電がちょうど停まっていて、運転席のおばちゃんに中心部に行くかと尋ねると行くというので、飛び乗る。ついでに、ツーリスト・インフォメーションに行くにはどこで降りればいいかと尋ねると、あまりよく分からない様子で、とにかく Jakomini Platz が中心部だ、そこで降りりゃいい、というお返事。実際は、一つ前のほうが近かった。
ともかくツーリストインフォに行き、ホテルを紹介してもらう。家族連れ一部屋で泊まれるような選択肢は案外多くはなく、3つか4つの中から、Hotel Weizer を選んで連絡を入れてもらう。こういう「飛び込み」は、子供連れで動くようになってからはやったことがなかったが、まあまあうまくいった。
Hotel Weizer は、旧市街の中央広場から橋を渡ってすぐのムール川沿いにたつ中規模の4つ星ホテル。ツーリストインフォからも歩いて5分程度。一番上の写真は客室からの夜景。
タカコ・メロジーさん流にレセプションの男性を品評したくなる。中背、やや細面で総ひげながらとてもにこやかなマティアス。歳は三十代半ばぐらいか。非常に如才ない。この街で子供用の玩具を扱っている店はどこかと尋ねると、即座に必要な答えを返したうえで、出かけようとするこちらに向かって「お金は十分持っていますか?」と来る。─だといいんだけど。戻ってくると、何やら黒服の男たちがレセプション前に七八人も立っていて応対している隙間からこちらの姿を見つけてさっと鍵を渡してくれて、その上、「出費しましたか」。─もう破産しちゃったよ。
オーストリアには宮廷社会の Diener の優れた伝統が生きているのかもしれない。...といった複雑性の縮減というか要するに単純化は、健康のためにはいいのだけれど、副作用もあるから気をつけなければいけないが。

部屋にあったこの札もちょっと感心した。修理の必要だと思われるところがあったら裏面に書いてドアの外に掛けておいてくれという札。
世界遺産になっているこの街については、日本語でもあらゆる形で紹介されているから、ここでいちいち書くには及ばないだろう。このあたりも、スロヴェニア系の人々の混住地域。街でも時折スロヴェニア語が聞こえた。
年末にドイツに行った時もそうだったけれど、リュブリャーナで物質的にふだんさほどの不自由なく暮らしていても、こちらに来ると、ショーウィンドウにあふれる商品に圧倒される。そういうところは、スロヴェニアは、よきにつけ悪しきにつけ、まだまだ地味だ。
しかしまたグラーツの街には、物乞いの姿もスロヴェニアよりはるかに目立ったし、広場の片隅にビール缶やワインのボトルを抱えてたむろしている青年〜中年の男女も目についた。それでも、彼らは彼らで勝手にやっている感じで、決して(たぶんふつうは)人に絡んだりする感じではなく、街全体の雰囲気が悪いわけではない。住んでみたらまた違うかもしれないが、旅行者には(たとえば旅行者ズレしているウィーンなどと違って)、おだやかに親切に接しているように感じられた。たった一日の印象だから、あてにはならないが。(実は今回の滞在地を決めたとき、リュブリャーナ以外の選択肢として、グラーツも入っていたのだった。)
昼食は、中央広場の片隅に新しげな Tokyo という日本料理屋があるのを見つけて、まあ久しぶりだったし、入った。スタッフは中国系ばかりのようで、大方、競争の激しい中華をやめて和食レストランに切り替えたのではないかと推測された。料理は、インチキな割には頑張っているかなという感じ(グラーツにはもう一軒もっとまともな日本料理屋があるらしい)。
城山にケーブルカーで登る。城山の多くの遊歩道が、冬季の凍結による危険を避けるためだろう、閉鎖されていた。名物の時計塔、旧市街の眺め。有名なフィットネス階段は通行できたが、城山の縦穴を降りていくエレベーターを使った。ケーブルカーもエレベーターも市電やバスの24時間チケットで乗れる。夕食は『地球の迷い方』にも載っている Sackstr. 10 のAltsteirische Schmankerstubeで。
翌日は、Hofgasse の老舗パン屋を覗いたり、王宮あとの建物の有名な二重螺旋階段を登ったりして、さらにその裏手の市立公園 Stadtpark まで歩いた。実はグラーツもハントケ絡みで、作家はここで法学部の学生をやっていたのだった。長編デビュー作『雀蜂』が西ドイツ(当時)のズーアカンプから出版されて作家デビュー、中退。この市立公園の Forum Stadtpark は、言わばハントケの出発点だったようだ。行ってみると、公園の真ん中のガラス張りの小美術館で、今はちょっとアヴァンギャルドな展覧会をやっていた。公園に面した側の中央には、今度オーストリアがEU議長国になった際に作られて物議をかもしたポスターの一つが麗々と掲げられていた。

ハントケは、グラーツについては、管見の限り、特に何も書いていないように思う。作品に描かれている土地を追う「ハントケ・オリエンテーリング」は、作家の言葉がいかに風景を見えさせてくれるかという点でつねに興味深いのだけれど、こういうたんなる「ゆかりの地」(笑)めぐりをやっていると、自分がとってもまじめで古典的で日本的な文学研究者になったような気がしてくる。(そういえば、ここグラーツはプレチニクの出発点でもあった。)
最後に、子供の希望で城山のエレベーター降り口にある洞窟トロッコ列車へ。線路の左右の穴が、おとぎ話のシーンを表現した機械仕掛けの人形たちのジオラマになっていて、運転手のオジさんがとぼけた顔で面白おかしい解説を加えながら奥まで行って、また戻ってくる。山の中に掘られた横穴に敷かれたトロッコというおおげさな舞台と、ジージーとモーターの音の聞こえる人形たちの安っぽく古ぼけた感じが微妙にズレていて、可笑しいと言えば可笑しい。
グラーツにはもう一泊するつもりだったのだが、この日は雪が降り出していた。早々に切り上げることにして、14:02 の EC101 「プレチニク」号でマリボルを経てリュブリャーナ17:32着。



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