ずいぶん前のエントリで、大昔のリュブリャーナで筑波大のS先生にお会いした話を書いた。昨秋の初め、筑波から一団の先生方がリュブリャーナに講演にいらっしゃる機会があって、そのあとB先生のお宅で開かれたパーティに僕も招いていただき、そこでS先生と実に十数年ぶりの再会を果たした。でもS先生は最初は僕のことが思い出せないようだった。

「僕は十...前にネボティチュニクで先生にナンパされたんですよ」と言うと、彼女はちょっと慌てていた。
S 先生:ええっ、ちょっと待って...。
ぼく:やっぱり遊びだったのね...(笑)。
S 先生:ああ、思い出してきた、思い出してきた!

城山から見るネボティチュニク
まあ、こっちも歳を食ったことだし、すぐに気づかれなくても当然だ。それはまあどうでもいいのだけれど、1990年に彼女に会ったのが、リュブリャーナの目抜き通り、スロヴェニア通り(当時はティトー通りといった)の真ん中の、「バルカン最古の高層建築」 ネボティチュニク Nebotičnik 最上階のカフェだった。カフェは残念ながら現在では閉鎖されているし、周りには当然もっとずっと背の高いビルが建って、高さの点では当然地味な存在になっている。それでも、この建物は一時代を画したアウラを今でも放っているように思える。試しに建物の北側、Štefanova ulica シュテファン通りの入り口から入ってみよう。黒大理石のふんだんに使われたほの暗いホール。そこから、ずっと上まで途切れなく続く螺旋階段を見上げる。

プレチニクの弟子筋のウラディミール・シュビッツ Vladimir Šubic の作品。それまでは、6階建てまでの建築しか許されていなかったらしい。1931年にこのビルが建てられたとき、ヨーロッパでは9番目に高い建物で、バルカンでは初の高層建築だった。ニューヨークのロックフェラー・センターとほぼ同時期で、同様の象徴的な意味を負わされていた。一二階に商店を置き、最上階にカフェ、間はオフィスや住宅という振り分けも、少なくともバルカン半島では、ここから始まっているわけだ。(このあたりは、Andrej Hrausky, Janez Koželj, "Architectural Guide to Ljubljana", Ljubljana: Darila Rokus, 2004 の記述に従う。)
そういえば、昨秋、リュブリャーナでの住まいを決めるときに、このネボティチュニクの中のアパートも出ていたのだけれど、パスしてしまった。
Nebotičnik というのは、摩天楼、Skyscraper と全く同じ意味だ。



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