ケケッツ Kekec

日本の桃太郎、金太郎みたいに、という喩えが厳密に言って正しいかどうか分かりませんが、スロヴェニアにも、「国民的」に共有されている説話がいくつもあります。その一つが Kekec ケケッツくんのお話。
上の画像は、ボヒンのスーパーで購入した神経衰弱ゲーム用のカードですが、麗しきヴィダさんや、マティアシュ王などなど、そういった説話の主人公を絵柄として揃えています。ここでジョーカーでかつ箱のタイトルにもなっているのがケケッツ。
アルプス山中の質素な村に住む、元気で、勇敢で、廉直で、知恵の働く十歳ぐらいの男の子。要するにある種理想の子供ですね。どうやらヨシプ・ヴァンドット Josip Vandot (1884-1944) という作家の創作した人物らしい。ヴァンドットのケケッツは連作になっていて、1918年から20年代前半にかけて数冊発表されています。

追記:友人のバルバラに聞いたところでは、ヴァンドットの孫が歯医者をやっていて、彼女はかかったことがあるらしい。やっぱりスロヴェニアは狭い。
絵本として現在手に入りやすいのはこれ。もともと10歳前後の子供向けの「小説」であるヴァンドットの作品を、自らも多数の作品を出しているアンドレイ・ロズマン・ローザが絵本向けに再話し、ズヴォンコ・チョーフが絵をつけたもの。
Kekec in Prisank(『ケケッツとプリサンク』)
舞台はクランスカ・ゴーラの奥のヴェリカ・ピシュニツァと呼ばれる谷と、周囲の山々。ケケッツと呼ばれる少年と、ティンカ、イェリツァという女の子二人が山の中で道に迷う。ケケッツとティンカはプリサンク山の中でプリサンクという名の野人に出会い、しばしの間そのヤギの番をして過ごし、報酬として一袋の金貨を手に入れる。一方、はぐれたイェリツァはシュクルラティツァ山の中でシュクルラティツァという妖精に出会い、妖精に言われた不思議な赤い花を採ってきて、妖精の病気を直してやる。お礼に、妖精は、イェリツァがケケッツ、ティンカを見つけ出すのを手伝う。三人は無事山を下りて家に帰り、イェリツァは魔法の赤い花で病気の母親を癒し、ケケッツの持ち帰った金貨で家は豊かになる。
ケケッツの物語は、1951年にヨジェ・ガレ監督によって映画化されたものが、「スロヴェニア・クラシック」Slovenska klasika というシリーズのDVDで出ています。

これは、上の本とは少し設定が違って、妹のティンカは兄の安否を気遣いながら村にとどまっている。ケケッツが出かけた山の上には、悪漢のベダネッツと、善良で山のハーブの生き字引のようなコソブリンというお爺さんが、断崖をはさんですぐに隣り合って住みついている。ただし、コソブリンのほうは秘密の通路でハーブの豊富なベダネッツの小屋の方に行けるのですが、ベダネッツはコソブリンのところへ行くことはできない。ベダネッツのところには、これも十歳ぐらいの身寄りのない女の子モイツァが捕らわれていて、掃除や炊事にこき使われている。ある時、彼女はコソブリンのところに逃げ出します。復讐を恐れながらかくまったコソブリンですが、案の定ベダネッツに捕まって、木に縛り付けられてしまう。そこにケケッツが通りかかって救出。ところがその後、ベダネッツを挑発したケケッツ自身が捕らえられ、同じ目に遭わされます。ベダネッツは、逃がしてやるから自力で逃げた振りをしてコソブリンの秘密の通路を聞き出してこいと持ちかけますが、ケケッツは応じない。知恵を働かせて逃走し、ベダネッツを罠にはめます。あわや転落かという状況に追いつめられたベダネッツはこの土地を去ることを条件に救出され、自分の小屋を焼いて消える。この悪漢、ひげもじゃらで恐ろしげですぐに力に訴えるわりには、フクロウの鳴き声を異様に怖がったりして案外カワユく、その追放はちょっと可哀想なんじゃないかと第三者的には思ったりもします。ユリスケ・アルプスの風景が美しく、その点で映画が白黒であるのは少し残念。ケケッツ役のマティヤ・バルルが、今や60代半ばのおじいさんのはずですが、この映画では面構えよく生き生きしていてとてもいい。IMDbの評者が言う通り、大昔のいささか幻想的な共同体をよく描いた、「心温まる」名作です。
92分。スロヴェニア語、クロアチア語、セルビア語、英語の字幕つき。1951年のヴェネツィア映画祭の子供映画部門で金獅子賞を獲得。それも十分納得できます。
追記。その後、映画とほぼ同じストーリーの Kekec in Bedanec も、Kekec in Prisank と同じ再話者、イラストレーターで絵本として、同じ出版社から出ていることが分かりました。86-11-15515-7。
そして現在、クランスカ・ゴーラの観光会社、Julijana turizemは、子供向けに「ケケッツの国」ツアーなるものをやっているようです。


参照先はどうやら51年の映画のようで、子供たちは「秘密の通路」からケケッツの世界に連れて行かれる。ケケッツが山の食事を振る舞ってくれる。コソブリンおじいさんではなくてまた別のケケッツ物語に登場するらしいペヒタおばさんからハーブのお話を聞く。ベダネッツも出てきて襲ってくれる。所要2時間、2200トラル。