何度か書いているように、ボンには大学院生の頃2年間いて、1998年にも1年間住んだ。ふだん、ヨーロッパまで来る機会は夏ぐらいしかないから、今までヨーロッパのクリスマスシーズンを経験したのは、そののべ三年だけだ。
ボンは小さな街だけれど、こじんまりとしたクリスマスの市が、ミュンスター広場に出る。

ミュンスター広場は、観光客には、ベートーヴェンの立像があることで知られた広場だ。季節の菓子のキャラウェイやクミンの香り、グリューヴァインのクローヴやシナモンの香りがただよい、レープクーヘンのハート形の飾りや、彩り豊かなろうそくなど、クリスマス用品の屋台の木小屋が並び、移動式の観覧車も設置される。特に観覧車の上から眺める市の明かりはとてもきれいだ。前の晩のアウグスブルクのクリスマスの市は、一回り以上規模が大きくて、あの「生きた」グロッケンシュピールなど、それは見事だったけれど、とにかくものすごい人ごみに辟易した。ボンならばそんなことはない。少なくとも人をかき分けて歩かなければならないようなことはない。僕らにはそのほうがいい。
ということで、ボンに着いて、その夕方、ミュンスター広場にでかけた。でも何か雰囲気が違った。僕らの知っているかつてのボンのクリスマスの市よりも、心なしか人の数が多く、なにか落ち着かない、ざわついた空気があった。旅に出て早々ひどい目にあっていた僕らの気分の問題だけではなかった。そしてそこで、家人は財布を掏られてしまったのだった。弱り目に祟り目にただれ目というか、泣き面にスズメバチというか、画竜点睛というか、総仕上げというか。車中でいったん盗られて出てきたバッグの中に入れてあった財布だ。バッグはベルトの片方を切られてしまっていたから、彼女は残った方をバッグにクロスに付けて肩にかけていた。半月ほど前に、週2回のスロヴェニア語学校に行く時に使うことを主に考えてリュブリャーナで買ったこのバッグは、もともとあまり人ごみ向けにガードされていた構造ではなかったが、肩ひもが1本になってしまったおかげで、余計狙いやすくなっていたようだ。そっと開けるのに、邪魔になるベルトが1本減っているのだから。そういうことにさっさと気づいて、ホテルに置いて行かせるべきだったのだが、こちらの頭もぼうっとしているし、古巣のボンという安心感から、そういう装備で出てきてしまった。
車中では現金だけ抜き取られて財布は中のカード類とともにバッグの中にあった。クレジットカードはそのままだったが、スキミングという可能性もあるから、アウグスブルクからカード会社にとりあえず連絡したところだった。今度は財布をまるごと。もしかしたらまた現金だけ抜いて財布はどこかに打ち捨ててあったのかもしれないが、もちろん見つからない。ワインレッドの革の財布は、そういえば、1、2年前に、僕が一人で来たときに、ボンのマルクト広場近くの店でおみやげに買って帰ったものだった。
ミュンスター広場の片隅、ミュンスターの真ん前に、警察のバスが停まっていて、臨時の派出所になっていた。(そんなものも、以前はなかったかもしれない。)そこに届ける。警察の携帯電話を借りて、日本のクレジットカード会社に連絡し、カードの停止処理を依頼する。日本の銀行のインターナショナルカードまで入っていたのはイタかった。(再発行は、あとで銀行とやりとりしたのだが、日本の自宅あてに転送不可で書留で送ってもらうのがほとんど唯一の選択肢だった。それではどうしようもない。総じて、銀行のカードにしてもクレジットカードにしても、たかだか数週間の旅行であれば紛失・盗難に対する対処の仕方があっても、半年や一年という期間に対処するシステムはまるでないのだ。まあ、そう多くはないそういうケースに対応して、かつ安全性も確保するとなれば、そのコストは引き合わないだろうとは思う。ともかくこれで、こちらで現金をおろす手段は僕の持っているクレジットカードのみということになった。)
(も少し続く)



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