で、今回の話 その4

コインロッカーに荷物を入れ、下腹にヘリウムを詰めた風船を抱えたみたいな感覚で、ミュンヘン中央駅前からまっすぐ中心部に向かって歩く。かつてマルセイユでカメラを盗られたあとにミノルタの一眼レフを買い直したシュッツェン通りとバイヤー通りの角のカメラ屋は消滅していた。かわりに、近くのカウフホーフの地下で、今回盗られたのと同じ CyberShot T7 を買い直す。店員は一回り安いカシオの手ぶれ防止機能付きを薦めたが、それなりに使い勝手が気に入っていたことや、まだ手元にある周辺機器がそのまま使えることもあって、サイバーショット。カール門のところには、臨時のスケートリンクができていて、そのあたりから先の歩行者天国には、クリスマスシーズンの市の屋台が並ぶ。土曜の午前の、ものすごい人ごみ。もちろん、渋谷や新宿や梅田の人ごみに比べればタカが知れているのだが、リュブリャーナから出てきた身にとってはたいへんな人出に思える。

あるデパートの入り口に、何百というシュタイフのぬいぐるみに機械仕掛けをほどこした大きなディスプレイがあった。人垣をかき分けて子供たちと見ていると、地元のじいさんに声をかけられる。─日本か。─そうだ。じいさんは、娘と、小学生ぐらいの孫二人と一緒で、こちらの子供の歳を尋ねる。─あんた、ドイツ語上手いな、どこで覚えた? ─ボンに通算三年ほどいた。─そりゃ間違いだ。バイエルンが一番さ。娘がフォローする。─必ずしも行き先選べるわけじゃありませんものね。…ひとなつこく声をかけてくれるのはいいが、やや勝手にしろよという感じ。じいさんは言う。─日本は、昔、一緒に戦争をやった仲だものな。…こういうじいさんがいるという伝説は、20年前ぐらいに話にはよく聞いていたが、まだ生き延びているとは思わなかった。ずいぶん古い話ですねえと言ってまたぬいぐるみに見入る振りをすると、じいさんは娘にささやいている。─勇敢な連中だよ。

適当にあしらって父娘孫と分かれ、さらに立錐の余地もない人ごみをかきわけて市庁舎前を行く。突っ立って上を見上げている人がたくさんいたので、気づいたのだが、まもなく正午だった。例のグロッケンシュピールが見られるかもしれない。子供を肩車してしばし佇むが、正午をまわっても人形はぴくりとも動く気配はなかった。正午に動くのは、やはり夏季だけのようだ。クリスマスの市でこれだけ賑わっている今ももしかしてと思ったのだが。

人ごみはもともと苦手だし、そもそも到底ゆっくり楽しむような気分でもなかったので、そこから地下鉄で中央駅に戻り、サンドイッチを買って、アウグスブルク行きに乗った。ニュルンベルクなどに回る気力はもとよりなかった。ミュンヘン駅の出札もやたら長い行列。キャッシュレスの券売機もなぜかわれわれのカードを受け付けない。乗車後の支払いは特急券が高くつくことを知りながら、しかたなくそのまま乗車。

アウグスブルクはずっと昔に一泊して、市街を半日で走り回って移動した記憶しかない。荷物をひきずって駅前からまっすぐ歩いて、狭い歩行者天国を延々と歩いて、予約してあったホテルに到着。夕方から、市庁舎広場のクリスマスの市に出かける。ここも相当な人出だった。まるで情報収集していなくて、予期していなかったのだが、ミュンヘンで見られなかったグロッケンシュピールをここで目にすることができた。といっても、ここの市庁舎にはグロッケンシュピールはない。大昔のハイテクで人の動きを模したのがグロッケンシュピールだが、ここのは、市庁舎の窓に天使やらなにやら様々な衣装で現れた人間が、機械のその動きを模すという趣向だ。照明効果も美しく、これは確かに楽しめた。

翌朝、子供の希望でホテルからアウグスブルク中央駅まで市電に乗り、そこから特急でニュルンベルクなどは通過し、そのままボンを目指す。午後もかなり回った頃、ボン到着。歩いて、前の日に電話で予約しておいた駅裏の定宿、ホテル・モーツァルトに入る。設備はそれほど立派なものではないが、家族経営の、安心できる宿だ。7年ほど前に住んでいた家も、この先、そう遠くないところにあった。

古巣の街で、今度こそはくつろげるはずだった。ところが、その予期もまた裏切られることになったのである…。(まだ続く)

    
  • Google Bookmarks
  • Yahoo!ブックマーク
  • はてなブックマーク
  • del.icio.us
  • livedoor クリップ
  • POOKMARK Airlines
  • ニフティクリップ
  • Buzzurl
  • newsing it!

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: で、今回の話 その4

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.tkyabe.com/blog/mt-tb.cgi/264

コメントする

ウェブページ

Powered by Movable Type 4.1

リンク

このブログ記事について

このページは、takuyaがdecember 25, 2005 8:52 PMに書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「で、今回の話 その3」です。

次のブログ記事は「で、今回の話 その5」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Add to Google
 iTunes Store(Japan)
Apple Store(Japan)