スロヴェニアの狭さと安全さ

JMMの12月21日配信の最新号、「ナズドラウイェ! fromスロヴェニア」第5回で、成田真巳さんが、「友達の友達はみんな友達」 と題して、スロヴェニアがいかに「狭い世界」かという記事をお書きになっている。「で、今回の話 その2」に行く前に、その話。続きを待ってくださっている数少ない方には申し訳ないようだけれど、JMMの記事は、Web上では残念ながら数日間しか読めない(だから成田さんの記事を今のうちにぜひご一読ください)し、「今回の話」に無関係というわけでもないのだ。

成田さんがスロヴェニア人の家族の一員としての経験から、豊かな具体例をあげて書いていらっしゃることは、要は、スロヴェニアでは、首都のリュブリャーナであっても、大都市的な匿名性は希薄だということだ。

スロヴェニアでのこの匿名性の希薄さ、要するにだれもがだれもと知り合いであるという事情に初めて接したのは、1996年に2ヶ月ぐらい、ボヒンに滞在した時だ。前にも少し書いたけれど、バカンスアパートを借りて腰を落ち着け、ボヒンの周囲を歩き回った。そのときに、家主さんから空いている自転車を借りた。鍵がついていなかった。日本の感覚で、思わず、鍵はないんですか? と尋ねる。返事は、「誰も盗みはしないわよ」だった。決してボロい自転車だったからではない。当時のことでマウンテンバイクではなかったが、変速付きのスポーツ車だった。ボヒンは、高山に囲まれた大きな大きな谷に小さな村が点在する地域だが、そこではどうやら誰もが誰もと知り合いで、泥棒など働く余地はないということらしかった。実際、その自転車を鍵なしでずっと乗り回していて、登山口に寝かせてそのまま山歩きをしたり、スーパーに買い物に行ったりしていたのだが、何の問題も生じなかった。

日本の都市部で過ごしてきた僕にとっては、これはとても新しい経験だった。誰もが誰もと知り合いであるということは、明らかに犯罪を抑止する要因でもあるわけだ。

もちろん、山間の地方と、曲がりなりにも首都のリュブリャーナでは事情は異なる。しかし、成田さんが生き生きと描いておられるように、総人口200万のスロヴェニアでは、必然的に、だれもがだれもとどこかで、血縁・地縁で繋がっていることになる。

当然息苦しさを感ずることもあるはずだが、どちらかというとこうした事情はある種安心感につながっているようだ。実際、旅行者としては何度もやってきて、今回は「住んで」みたなかで、何らかの危害にあうのではないかといった不安を感じたことは一度もなかった。そしてそのことももちろん、僕が繰り返しスロヴェニアにやってきている理由の一つに数え上げることができるだろう。

統計データを探したのだけれど、すぐには見つけられなかった。だから科学的・学問的な体裁をつくろって語ることはできないのだが、諸国の犯罪発生率の比較では、スロヴェニアは間違いなく低い方ではないかと思う。せいぜい、アブナいドライバーがけっこういる、というくらいだ。今年の夏、ある銀行の個人用金庫が荒らされて大ニュースになっていたが、それはむしろそういう事件が稀であることを意味している。

僕の「今回の話」では、明らかに僕自身に警戒が不足していたのだが、それは、まあ、ヤキが回ったなあとも思うけれど、そんなスロヴェニアで数ヶ月すごしてきたためでもある。すぐ周囲には、そうではない世界が広がっているということを、頭では理解していても、カラダで感じてはいなかったのだ。

    
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このページは、takuyaがdecember 22, 2005 12:00 AMに書いたブログ記事です。

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