で、今回の話 その2

乗り込んで、予約したはずの車両中央付近のコンパートメントに行くと、すでに明かりが消され、カーテンが引かれて、鍵がかけられている。即座にこの車両の車掌らしき男が飛んできて、別のコンパートメントを指示する(あとから考えるとちょっとヘン)。コンパートメントは一室6名なので、残り二人が先に入って閉じてしまったのだろう、車掌の指示した端から二番目、81番から86番までのベッドのコンパートメントは、ほかに乗客はおらず、6名のところ家族4人で占領することができた。そういうことならそれでよかろうと思って、そのままそこに入る。車掌は、鍵の掛け方を手短に説明すると、われわれの乗車券は残し、指定券だけ取り上げて(これもヘン)、そそくさと行ってしまった。

最下段に子供二人を寝かせ、中段に僕と家人が寝ることにする。空いた最上段に、スーツケースと、家人のリュックと、僕のリュックをぽんと置いた。奥の窓側に、上段に昇るはしごがあり、反対の通路の上にあたるところに、低い柵のついた荷物用のスペースがあった。上段の寝台ではなく、そこに荷物を置いていれば、これも少しは違ったかもしれないのだが…。

11時42分の発車時刻をとうに過ぎているのに、なかなか発車しない。国境のイェッセニツェでパスポートチェックが来ることは分かっていたので、僕はそれまで起きているつもりだった。スロヴェニアはEUに加盟したものの、シェンゲン条約にはまだ正式に加わっていないため、国境でのパスポートチェックがある。以前、国際夜行の寝台に乗ったときは、乗車時点で車掌にパスポートを預けた記憶があったから、先ほど車掌が来たときに、パスポートはいいのか、と言ったら、パス検査はイェッセニツェだとだけ言って行ってしまった(つまり過去の経験に照らせばこれもヘン)。そんなことは分かっている。それでは、起きているか起こされるかしかない。しばらく狭いはしご段に尻の先をのっけて座っていて、それから通路に出て外の風景を眺めていた。とは言っても、都市部をちょっと離れれば外は真っ暗で、ほとんど何も見えなかった。ときおり、架線とパンタグラフの間から発する閃光なのだろう、雪野原の風景がストロボスコープで照らしたみたいに浮かび上がるだけだった。隣のコンパートメントは明かりを点けたまま、カーテンだけ引いて扉もあけたまま、なにやら騒々しい音楽をかけていた。停車したりして列車の走行音が落ちると、その音が薄い壁越しに聞こえた。イェッセニツェには一時間ほどで着くはずだったが、そもそも発車が一時間近く遅れて12時半過ぎになっていたこともあり、睡魔には勝てず、クランの駅を過ぎたあたりで自分のベッドに潜り込み、すぐに寝入ってしまった。もちろん着衣のままで、財布はジーンズの右の尻ポケットに、携帯も前のポケットに入れていたが、ふだん左の尻ポケットに入れている鍵束はごつごつしてあまりに寝心地が悪いので、リュックに入れた。

案の定、イェッセニツェで叩き起こされる羽目になった。寝ぼけ眼をこすりながらベッドから降り、胸ポケットにまとめて入れてあった4人ぶんのパスポートを提示する。係官は二人組で、一人が小汚いノートパソコンを抱えて何やら打ち込んでいた。パスポートをぱらぱらめくり、コンパートメントの中をちょっと覗き込むと、行ってしまった。眠くて仕方なかった僕は、パスポートをスーツケースのポケットに押し込むと、すぐにまた眠りに落ちてしまった。このとき、閂はちゃんとさしたはずだったのだが…。(つづく)

    
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このページは、takuyaがdecember 23, 2005 12:22 AMに書いたブログ記事です。

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