で、今回の話 その1

前々から、クリスマス前の、クリスマスの市のシーズンに、ドイツへ行って来ようとは思っていた。ドイツのクリスマスの市の華やぎは有名だ。しかし例年、この時期に日本から出かけることは難しい。いまはともかくヨーロッパにいるのだから、チャンスだというわけだ。最終目的地は古巣のボン。

でも正確にいつにするかは、いつもながら行き当たりばったりで、なかなか決まらなかった。交通手段も、往復ともフランクフルトまでは飛行機、そこからボンまで列車でもよかったはずだが、ちょっと迷った。リュブリャーナからミュンヘンに行く寝台がある! 十年以上前の何回かの、何の問題もなかった寝台車の記憶しかなかった僕は、すぐに今回の旅の選択肢に加えてしまった。ミュンヘンから高名なニュルンベルクのクリスマスの市を一度訪れるのもいいかもしれない。ボンですごしたのべ3回の冬、こじんまりとしたボンのクリスマスの市しか見ていなかった。

まず、宿がすんなりとは決まらない。ニュルンベルクは案の定どこもいっぱいの様子だった。ミュンヘンに泊まろうという気はなぜか起きなかった。ミュンヘンから乗り継いでいくのに手頃で、ニュルンベルクあたりに出るのも便利なアウグスブルクに当たりを付け、直接アウグスブルクの観光案内所に電話する。ここもけっこう塞がっているようだったが、電話に出た女性は、親切な感じで、調べてから返事すると言った。FAXかメールかと聞かれて、メールで知らせてくれるよう依頼する。メールは1、2時間のうちに来た。挙げられている選択肢三つほどの中から一つを選んで、予約してくれるよう返事を出す。

交通手段のほうは、結局、金曜深夜の寝台の切符を取ったのは出発前日の木曜。出発が金曜遅くになったのは、金曜日の午後にリュブリャーナ大学で例のB先生の代役の授業が入っているからだ。もっとも、夕方にリュブリャーナ駅を出て、夜の10時頃にミュンヘンに着く列車もあったのだが、「寝台車」というものを子供たちにも経験させてやりたいという余計な考えも働いて、そちらを選ぶ。当日、ほとんど真夜中の出発時刻まで、小さな子供たちはなんとか目を覚まさせておいて、リュブリャーナの中央駅に向かう。

駅に着いたのは、予定発車時刻にかなり近い時間になってしまった。寝台車は二両か三両で、その最後尾の車両。クロアチアの古ぼけた車両で、一瞬いやな感じがしたが、ともかく席を予約したのはこの車両なのだ。一番後ろの乗降口にはひとかたまりのチンピラっぽい連中が陣取っていて、声高になにかしゃべりあっている。それで、前の車両に近いほうの乗降口から乗り込む。乗り込もうとした時、すぐ隣の、前の車両の乗降口に張り付いていた係員のおじさんが、寝台か、ならこっちだ、と声をかけてきた。切符を取った車両は間違いなくこっちの最後尾の車両、280号車なのに、妙なことを言う、と思って無視した。ここで彼の言うことを聞いていたら、われわれの運命は違っていたのかもしれない。(つづく)

    
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このページは、takuyaがdecember 21, 2005 1:18 AMに書いたブログ記事です。

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