今回の事件の話の前に、もう少し昔語り。
これまで、ヨーロッパでいっさいトラブルがなかったかと言えば、多くはないが、ないわけではない。いずれも友人の運転する車ででかけたときの話だ。最初はやはり初めてのボン留学のとき。ボン大学に行くにあたって行かされたゲッティンゲンのゲーテ・インスティテュート(ドイツ語学校)で仲良くなった同年輩で名古屋出身の通称「ごっちゃま」は、ベルリン大学に籍を置いていて、中古で買ったベンツを乗り回していた。ベルリンから走ってきた彼の車でオランダのロッテルダムに向かった。二人ともヒエロニムス・ボッシュに関心があって、美術館を目指したのだ。美術館は閑静な住宅街にあり、車を路上に停めて、絵を見に行く。人通りの少ない日曜日の静かな町。

にぎやかしに上に掲げたボッシュの絵は実はここでの話にはあまり関係ない。
絵を堪能して出てきたとき、助手席の窓ガラスが割られていた。カーステレオ狙いだったようだが、ベンツのロックは特殊で、窓ガラスを割ってもドアが上手く開けられず、犯人はあきらめて帰ったらしい。だから盗られたものは何もなかった。警察の場所を教えてもらい、二人で行って事情を話す。オランダ語はごっちゃまも僕も単純な挨拶ぐらいしか知らなかったはずだから、英語かドイツ語でしゃべったのだと思う。担当の警官は、単純な大学ノートのようなノートに一行ほどのメモを記入していく。ノートを覗き込んでみると、どの行も同じような事件がずらずら書いてあるのだった。
助手席の窓ガラスがないままで、風にびゅうびゅう吹かれながらアウトバーンを走ってドイツに戻り、僕はボンで降ろしてもらい、ごっちゃまはベルリンまで帰った。二人ともそれから風邪を引いた。割られたガラスを取り替えるのが比較的簡単で安価な作業であったことを知ったのはその後だった。
2回目。1996年だったか、日本人の友人の運転で、彼女とその母親と三人という奇妙な組み合わせで、南フランスをレンタカーで回った。列車でマルセイユに着いて駅前で車を借りた。僕は運転はダメなのでやはりひたすらナビゲーター。マルセイユを出て最初、街から離れた海岸にあるレストランを目指す。岩礁の浜で、海の中にいくつもの切り立った岩の小島がある。最寄りの集落からもだいぶ離れた、駐車場以外何もない浜に車を止める。そこから、徒歩でしか行けない細い岬の先に、目指すレストランはあった。助手席の足下にカメラを入れたナップザックを置いたまま、まず僕だけ降りて、様子を見に出かける。すぐ戻るつもりだったのだが、同乗者二人はやがて車をロックして降りてきてしまった。座席に荷物を置いておいてはいけないということは聞いていたから、一瞬躊躇したのだが、周りに何もないこんなところで、という気もして、そのまま三人で突端のレストランへ。何を食べたかも覚えていないのだが(海の幸には違いない)、とにかくとても満足したことは確かだ。
満足して車まで戻った時、車の助手席のロックが石で割られて(車種は忘れたが、ロック部のまわりはヤワなプラスチックだった)、僕のナップザックがなくなっていた。バイクでやってきて去っていったようだ。急いでマルセイユに戻り、レンタカーの店で車を換えてもらい(車の損害自体はレンタカー保険でカバーされていた)、店で教えてもらった警察に向かう。しばらく待たされて、部屋に入り、いかにも南仏という雰囲気の黒い縮毛で浅黒く小柄な警官の質問に、知る限りのフランス語を駆使して答える。どんなバッグか? 紫(ラヴァンド)のナップザックだ。ラヴァンドか、そりゃいい色だ! で、中に入っていたのは? ミノルタのカメラと交換レンズだ。ミノルタか!、有名だよ、そりゃいいカメラだ!...。あのなー、いいからお前、仕事しろよ、と言いたくなるのをぐっとこらえる。
カメラのないままエクス・アン・プロヴァンス(奥の、断崖の道を走った先にある高原のラヴェンダー畑も見に行ったが、季節外れで茶色いぼさぼさの株が並んでいるだけだった)、アルル、アヴィニョンなどを回り、母娘とリヨンで別れ、その後行ったドイツのミュンヘンで、それからもまだあちこち回る予定があったから、盗られたのとほとんど同じミノルタの一眼レフを買った。痛い出費だった。



結構いろいろやられているんですねぇ。路上に停めたベンツ、南仏の人気のないところで座席に荷物。いずれも、やられそう!っていうシチュエーションだ。
で、昔語りも面白いけど、早く今回の事件に行ってくれ!という気持ちになってきました。
気を持たせて済みません。 :)
いましばらくお待ちくださいまし。