スロヴェニアに限らないけれど、普段アルファベットを使っている人たちにとって、漢字というものが相当にエキゾチックな魅力をはらんでいるらしいことには、しばしば気づかされる。それが「異文化」の魅惑というものだけれど、そこから先に進むということはあまりなくて、ごく表面的な接触にとどまって、それにもかかわらず、というかおそらくそれだからこそ、つまり意味もあり得べきコンテクストも未知だからこそ感じられる一種のアウラにひたって満足するわけだ。(まあ、ブレットの北欧移転も似たようなものだ。)
というわけで、リュブリャーナ市内のショウウィンドウのこの「夢」、墜落しております。

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後部ガラス一杯に、ものすごく大きく、

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と書いて(貼り付けて)走っていた車もあった。縦には入らなかったからかもしれないが、こちらは眠り龍か。
ヨーロッパではちょこっとしたタトゥーがかなりはやっている。(リュブリャーナのドラゴン橋のたもとにも、タトゥーとピアスの店が一軒あって、いつもかなり客が入っている。)漢字が意匠にされることもある。数年前に、フランスだったかドイツだったかも忘れたが(もしかしてスロヴェニアかも)、暮らしていた日本人に聞いた話。それが誰だったかも忘れてしまったのだけれど(ごめんなさい)、あるとき、その地の友人に、タトゥーを入れたんだ、「愛」って書いてあるんだぜ、と誇らしげに見せられた。そこに彫り込まれていたのは...「家」。見せられた方は、一瞬たじろぐ。見せた方は怪訝な顔をし、やがて心配そうになり、おい、これ、「愛」って書いてあるんだよな、そうだよな、そうだと言ってくれよ、という表情になる。真実を告げていいものかどうか、とても悩んだという話だ。結局どうしたのかは知らない。
ディスプレイの中で夢が落っこちてしまっても、車の後ろでドラゴンが昼寝していてもいいようなものだが、体に彫り込んでしまうとちょっとねえ...。



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