
龍、ドラゴンはリュブリャーナのシンボル。スロヴェニア語でズマイ zmaj と言います。市の紋章にも入っていて、土産物屋にはリュブリャニツァ川にかかるドラゴン橋のドラゴンのレプリカや、かわいらしいドラゴンのぬいぐるみが売られています。リュブリャーナ市民はけっこうこのシンボルに愛着を感じているらしい。
青空市の立つヴォドニク広場の東側でリュブリャニツァを渡る橋はプレチニクの設計による(アールヌーヴォー/ユーゲントシュティル的な)ドラゴン橋 zmajski most (1900-1901)。両岸の左右に計4つの青銅のドラゴンが配されていて、リュブリャーナの観光名所の一つ。シーズンには一日中、必ず4匹のどれかには観光客がはり付いて写真をとっています。
当然、このリュブリャーナのドラゴンの由来についての物語もあるわけですが、これがなんとアルゴー号の物語の外伝というか、一エピソードのかたちになっている。あの、ギリシャの伝説、黒海の奥にアルゴー号ででかけて、龍と戦って金羊皮を手に入れたイアソンの物語です。アルゴー号がリュブリャーナくんだりまで来るというのはいくらなんでもこじつけが過ぎるのではないかと思ったのですが、案外そうでもない。
アルゴー号は金羊皮を手に入れた後、黒海を横断して逃げ、エーゲ海に出るはずがドナウ川をさかのぼったことになっている。ドナウ川をそのままたどると現在のセルビア・クロアチア国境付近から北上してブダペスト、ウィーンに向かうことになります。だからコースとしては、途中でサヴァ川あたりの支流に入ったほうが地理的には落ち着く。そこからサヴァ川のさらに支流であるリュブリャニツァ川に迷い込んでしまったとしても、それほど不思議ではないわけです。
実際、ここやここの地図を見ても、ドナウ本流を途中で逸れて、サヴァ川のほうに来ているように見えます。
ともかく、リュブリャーナのドラゴン伝説では、アルゴー号はいまのリュブリャーナの地にやってきて、そこにいたドラゴンを倒し、しばし住み着いていたというわけです。イアソンはあっちでもこっちでもドラゴン退治をしなければならなかったわけで、ご苦労なことですが。リュブリャニツァは前に書いたようにウルフニカで地中に潜ってしまう、というか地中から出てくるので、船ではその先に進めない。だからアルゴー号の乗組員たちはご苦労にもそこで船を解体して、部品をかついでアドリア海に出たのだ、という説明がついています。
ところで、つい最近も、リュブリャーナでドラゴンと戦ってしまった人がいるようです。それについてはまた。



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