スロヴェニアを象徴するものと言えばこれ。
スロヴェニア語でコゾレツ kozolec (複数 コゾルツィ kozolci)、英語では hayrack、ドイツ語では「干し草のハープ」 Heuharfe と呼ばれる。(スロヴェニア語版 Wikipedija の記述:kozolec)
数本の支柱に、何本もの横木が渡してあって、ここに刈り取った牧草を掛けて干すのだ。二つのコゾレツを平行に配し、上に屋根をかけ、貯蔵用の二階部分を持たせた構造のものもある。さまざまな形態のヴァリエーションのイラストは、ここで見ることができる。
牧草は夏秋の2回、刈り取って、冬のために貯蔵する。そのまま貯蔵したり、地表に置いておいては、湿気のために、乾燥に時間がかかる。それを、コゾレツに掛けて、太陽と風に乾かしてもらうのだ。
主にリュブリャーナから北西のゴレンスカ地方で無数に見られる。見られることは見られるのだが...。
僕が最初にコゾレツのことを教えられたのは、やはりペーター・ハントケの『反復』の記述によってだった。イェセニツェからボヒンに向かう主人公の少年が、夢うつつで眺める窓外の風景に、いくつものコゾレツが立っているのだった。
これを見かけると、たしかにスロヴェニアに来たなあという気がする。
スロヴェニアからは過去に多くの人々がアメリカなどに移住しているのだけれど、そういう移民にとって、このコゾレツの画像というのは、涙がちょちょぎれるような郷愁を誘うものなのだそうだ。
ドイツで出版されているあるガイドブックは、でも近ごろは支柱がコンクリート製になっていると書き(ハントケもそう書いていた)、また別のガイドブックは、さらにコンクリートから離れて木製のものに回帰しつつあると書いている。でも実際に見るところ、事態はその先に進んでいる。特にここ4、5年ぐらいだろうか、あまり使われなくなってきているようなのだ。急速に過去の記憶、たんなるノスタルジーの存在になりつつあるのではないか。コゾレツを解説したSlovenian Architecture: KOZOLECでも、Today, due to the introduction of cheaper technology, it is only a remnant of former times. と書かれている。何もかかっていないコゾレツ、おしるしのように下の方の段にだけ草が掛けられているコゾレツが目立つ。その替わり、数年前から、おそらく何か機械を使うのだろう、薄緑のビニールシートのようなもので樽型にくるんで味気なくも地面に転がされているものをいたるところで眼にするようになった。
これは、今日、シュマルナ・ゴーラの登山口で眼にしたコゾレツ。珍しく草が一杯にかかっている。
7、8年前には、コゾレツはまだまだ健在だった。初夏の刈り取りのシーズン、ボヒンの、どこだったか、コゾレツに掛けられたばかりの牧草には、黄色や青や白の草の花が点々と混じっていた。
干し草の重さというのは莫迦にならない。上の方の段は、一人が下から大きなフォークでよいしょっと放り上げて、コゾレツに登ったもう一人が掛けていくのだが、かつてボヒンのドブラヴァで見たその作業は、見るからに重労働だった。
リュブリャーナからアルプス地方に向かう自動車道の、騒音遮蔽用の壁は、コゾレツの形をしている。道路脇の看板も、コゾレツの形をしたもの、本物のコゾレツを流用したものが多い。残念ながらこうなるとただのキッチュに近い。



Canne de combat could be treind in vrhnika near feckovega kozolca. By!