定評あるオーストラリアの旅行ガイド出版社Lonly Planet のサイトのスロヴェニア紹介文に、こうある。
No longer the undiscovered, bargain gem that it was, Slovenia still remains a wonderful antidote to much of Europe's crowds and high prices.
実際、よそ者にとっては残念なことだけれど、もはやスロヴェニアも知る人ぞ知る (undiscovered) お買い得な掘り出し物 (bargain gem) という感じではなくなっている。本当に、豊かになっているなあという気がする。僕が初めてまともにスロヴェニアを訪れたのは、独立後間もない頃だったから、スロヴェニアはそれまでのセルビアなど旧ユーゴ諸地域への販路も失い、西欧との結びつきは形成途上で、貧しかった。お気楽なよそ者にとってはそれが魅力だったのだが…。
ユーロは流通するようになっているが、まだ国内のメインの通貨はトラルだ。これまでのところ、リュブリャーナで入ったレストランのメニューも商店の値札もすべてトラル建てだった。レシートも、トラルでしか打ち出さないところが多い。小さな店ではまだユーロを受け取らないところすらある。スロヴェニアがEUに加盟したのは昨年5月のことで、まだ1年とちょっとしか経っていない。ユーロの正式導入は07年からとのことだ。
1994年には、コーヒー(エスプレッソ)1杯がせいぜい80トラル(= 80円)ぐらいではなかったかと思う。その後、物価は徐々に上昇し、この1、2年でまた大幅に上がったような気がする。今ではエスプレッソ1杯が200トラル以上する。ユーロは日常的にはまだあまり使われていないけれども、2004年6月からERM2(Exchange Rate Mechanism=為替相場変動メカニズム) に参加したことなども、物価に影響しているのかもしれない。
経済の専門ではないから、正確なところは分からない。だから以下のコメントもすべて単なる印象と推測ばかりであって、あまり信頼性はない。それに、旧ユーゴ時代のことは僕は知らないから、その頃との比較認識もできない。1989年にちょっとだけ訪れたことはあったけれども。
1994年のリュブリャーナは、煤けて、空気が悪かった。それが1996年には、ずいぶんきれいになった。少し豊かになった分、人々はまず車に投資したのではないか、その結果、とんでもない排ガスを出していた旧ユーゴ製の車が少なくなったからではないかと思えた。今現在、街で見かける車は、プジョー、ルノー、フォルクスワーゲン、シトロエンが圧倒的に多い。(ユーゴやシュコダもまだほんの時たま見かける。日本車は以前よりも少なくなった。)
たしか1996年のこと、ボヒンの観光案内所の売店で、スロヴェニア語で「スロヴェニアを助けて!」と書いた缶バッジが売られていた。案内所の職員の女の子は英語もドイツ語も堪能なとても優秀でチャーミングな人だったが、どうやって「助ける」の? と尋ねたら、即座に「お金で」と言って苦笑いしていた。たぶんもうあのバッジは売っていないだろう。
もう一つ、身近に感じられる、おそらくは豊かさの兆候としては、シーズンのリゾート地の宿がてきめんに取りにくくなったことが挙げられる。ボヒンなどの宿は、かつては決して多くはない観光客の大半は外国人旅行客(主にオーストリア、ドイツ、イタリアなど近隣からの)だった印象があり、直前でも難なく宿が取れたのに、それがすっかり難しくなってしまった。ハイシーズンには、早めに予約しないとどこも満杯になるのだ。もちろん、スロヴェニアが積極的な観光客誘致政策を採っていて、国外からの旅行客も増加しているのだろうが、これも、豊かになったスロヴェニアの人々自身が、そういうリゾート地にどんどん出かけるようになっているからではないかという気がする。(数日後にリュブリャーナをいったん引き払う。山か海に移動するつもりでいたら、山のボヒンも、海のピランもポルトローシュも、宿は予約で一杯のようだった。ようやくポルトロージュの手前のイゾラに空きを見つけた。)
してみると、Lonly Planet の文句の後半も怪しいことになるかもしれない。スイスやオーストリアに比べればマシかもしれないが、人の出が少ないとも、物価が安いとも言い切れなくなってきている。
それでもスロヴェニアが(僕にとって)魅力的なのはなぜなのか。それは間接的に、この blog のなかでこれまでにも語ってきたし、これからまた触れていくことになるだろう。



コメントする