Salbei は「セージ」だってば

前のペヒトランカに関するエントリに、ここのハーブ名各国語辞典がすごい、と書いたけれど、フローラとフォーナの名前の日本語表記というのは結構問題だ。

英文学の古い翻訳で、マンネンロウというのがよく出てくる。これがローズマリーのことだと知ったときの衝撃は大きかった。大昔の大学の英語だかドイツ語だかの先生で、植物の名前が出てくると、全部「トネリコ」にしてしまった豪傑(というか無知)がいた、というようなエピソードもかつてどこかで誰かが書いていたのを読んだ記憶がある。

ドイツ語の Salbei ザルバイ。たしかに「サルビア」でもあるんだけれど、どうもほとんどの場合日本で今では英語式に言うハーブの「セージ」のことのようだ。しかし独和辞典にはそう書いてないから、間違われることが多い。今の日本語でセージはセージでしょう。ちょっと気の利いたスーパーならどこでもそういう名前で売っているのだから。

シンチンゲル、南原、山本『新現代独和』(三修社)はもはや古典だが、ここに言う「サルビア、ヒゴロモソウ(とくに葉は薬用)」の「ヒゴロモソウ」って、セージのことなんだろうか。確かに料理以外に「薬用」にもなるだろうけど。(追記:広辞苑によればヒゴロモソウは「サルビア」の別称だそうだ。)
『フロイデ独和辞典』(白水社)も、もともとあまり期待できない『新アポロン独和辞典』(同学社)も、ドイツ語の新語は積極的に取り入れていることがウリらしい日本のドイツ語学会のドンの書いた『アクセス独和辞典』(三修社)も、けっこう頼りにしている小学館の『独和〈大〉辞典』も、すべてあっけらかんと素っ気なく「サルビア」。と思ったら、『クラウン独和辞典 第2版』(三省堂)だけは、「サルビア、セージ」としてあった(初版電子ブック版を確認したら「サルビア」のみだった)。濱川先生のクラウンはエラい。

最近、ヴァルター・メアス『キャプテン・ブルーベアの13と1/2の人生』を平野卿子さんの巧みな日本語訳(河出書房新社)で読んでいて、この「サルビア」が出てきてしまって、あらら、と思ったのだった。

実は同じミスを、僕自身、大昔にやった翻訳でやっている。

まあこれだけあらゆる独和に「サルビア!」と合唱されると、多くの翻訳者がそうなんだと思ってしまうのも無理もない。独和辞典の編者たちの責任だよね。もっとも、もちろん「セージ」という〈日本語〉が成立したのがたかだかここ十年ぐらいだという事情が一番大きいのだけれど、ことはドイツの奇妙にねじれた食事情にも絡んでいるのではないか。ドイツ語圏の食事情がある意味で貧しいのはよく知られているけれど、これはおそらく「伝統料理」にあまりハーブ類が出てこないことが大きい。フランスやイタリアやスロヴェニアではハーブ類を巧みに使う料理が多いけれど、そういうのはドイツ語圏にとってはどこか外国のもの、特別なものというイメージがある。古くからドイツで使われているハーブと言えば、クミン (Kümmel) の種とか、ピクルスに使うディル (Dill) ぐらいだろうか。今やドイツにもハーブ類をふんだんに使ったレシピをたくさん載せている料理本や料理雑誌はものすごく多いのだけれど、いったいこれどこのドイツ人が作るの?という印象がある。なんだか、陸続きなのに、あるいは陸続きだからこそ、近隣諸国のハーブの使い方を含めたそういう美味しい料理法を取り入れてしまうと、まるでアイデンティティが崩壊してしまうみたいなのだ。ラカン風に言えば一種の「去勢の論理」。

一昨年の夏、マインツのライン河畔のレストラン Rheingoldterrasse Café で食べたセージを効かせた豚肉料理はうまかった。でもそういうのはイタリア料理ということになっているわけ。

そういう状況だから、独和辞典編集者たちが、特に個人的にハーブ類に関心を持っていない場合、その関連の訳語選定や記述が素っ気無くなるのは必然なのだ。

ちなみに、スロヴェニア語では žajbelj ジャイベル。いずれにせよラテン語の salvus が起源らしいが、ドイツ語とは微妙に音韻が交替しているのが面白い。

追記。『木村・相良』(博友社)も念のため見てみた。「サルビア(しそ科の植物で薬用・料理用)」となっている。この辞書が出版されたのは1963年で、その時代、「セージ」という〈日本語〉は存在しなかったはずなので、そう書かれていないのは当然だろう。しかし「料理用」とも書かれているということは、今日僕らが知っているセージをしっかり押さえていることを示している。木村相良もエラかった。

さらに追記。小学館『独和大辞典』第二版にも、サルビアに加えて、「セージ」が記載されていた。

    
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このページは、takuyaがjulij 21, 2005 12:14 AMに書いたブログ記事です。

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