だいぶ間があいてしまったけれども、これはなぜスロヴェニア? - ボヒン (1)の続き。
前に書いたように、ボヒン地方は周りを山に囲まれた、尾瀬を一回りか二回り大きくしたような地形の地域。ただし尾瀬と違って、下は湿原ではなく、牧草地と湖。一番奥に、透明度の高い、美しい緑色の水をたたえる大きな Bohinjsko jezero ボヒン湖。さらにその奥のどん詰まりに、断崖の途中(カルスト地形の地下水脈だ)高さ78mから落ちてくる Slap Savica サヴィツァ滝。
ボヒンの入り口であるボヒンスカ・ビストリツァから一番奥まで、道路が一本通っている。正確に言うと、ボヒンスカ・ビストリツァから湖までの間は、ボヒン地方は、間に低い山脈を挟んで、南北に分かれていて、道もそれぞれに通っている。北側のほうが、少し標高が高く、幅が狭い。どちらも、道の両側は牧草地。その中に、ぽつりぽつりと小さな集落が点在する。
カムニェは、そういう集落の一つ。南側の谷の、ちょうどボヒンスカ・ビストリツァと湖の中間の、40戸ほどの小さな村だ。八畳ほどのスペースに、食料品から洗剤から文房具まで詰め込まれた小さな小さな、スーパーというよりは「よろず屋」と言ったほうがいい店が一軒あるだけの集落。1994年にボヒンに漂着した二年後の1996年夏、ひと月ほど、この村のR家のバカンス・アパートを借りた。
アパートのバルコニーからの眺め。朝霧がかかっている。
周囲は牧草地。ドイツ語で言えば Wiese、スロヴェニア語で言えば travnik。裏手すぐに、ボヒン湖から流れ出す、夏でも身を切るように冷たい川、サヴァ・ボヒンカ。その川の向こうには、北の谷との間を隔てる標高1000メートルたらずのルードニツァから伸びる尾根の樹林が迫っている。南側、牧草地のむこうには、ヴォーゲルからチュルナ・プルストにいたる標高2000メートル弱の南ボヒン山脈が美しい。東のボヒンスカ・ビストリツァや西の湖のざわめきも、ここには届かない。
アパートは周囲の家と同じような造りの家、一階と二階に二つずつのアパルトマン。あてがわれたのは二階。居間と、寝室、キッチン、シャワー、おまけのようなシングルベッドが置かれた天窓付きの小さな部屋。主な客はリュブリャンチャンつまり首都リュブリャーナの人間と、オーストリア人やイタリア人らしい(いずれも隣国)。
そこで晴耕雨読ならぬ晴歩雨読の生活を送った。主に天候の悪いとき、家にこもって読んだり書いたり翻訳したりの仕事をして、天候に恵まれれば周囲の野や山を出来るだけ歩き回った。
店やレストランの集中しているボヒンスカ・ビストリツァと、観光の中心でボヒン湖の入り口にあって数件のホテルを擁するるリブチェウ・ラースとのちょうど中間の村、まわりに何もないと言えばない。ある週末、リュブリャーナからの客がアパートの別の部屋を借りていて、僕がずっとここにいると言うと、こんなところで退屈しないか、と訊いてきた。そんなことは全くない、と答えた。(たぶん続く)



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