「わが最愛の女(ひと)よ、ぼくは何千マイルもの道を歩んできた。河を渡り、山を動かした。ぼくは苦難を受け入れ、困難をいとわなかった。ぼくは誘惑に打ち勝ち、太陽に従った。きみの前に立ってこの言葉を言うために──愛している。」
ハンブルクの街角でアクセサリーを売るユリ(クリスティアーネ・パウル)。いつも前を通りかかるサエない見習い教師ダニエル(モーリツ・ブライプトロイ)になぜかぞっこんだ。夏休みの始まる日、ダニエルを振り向かせようとユリが仕掛けたトリックから、とんでもない大冒険が始まる。その晩出会ったメレク(イディル・ユーナー)こそわが生涯の女性だと思い込んだダニエルは、彼女を追って一路イスタンブールへ。バイエルン─オーストリア─ハンガリー─ルーマニア─ブルガリア。ロードムービーとドタバタ・ラブコメディとメルヘンをミックスした、ファティフ・アキン監督の初期の傑作。(2000年、ドイツ語/95分、日本未公開)

Im Juli←ドイツ語版DVD。PAL方式なので、日本の家電DVDプレイヤーでは再生できない。
Im Juli を楽しむために知っておくといいかもしれないこと
ヒロインの名前、ユリ Juli は、ドイツ語で「七月」を意味する。物語が展開していくのも、七月だ。七月といえばドイツだって夏の日差しを感じることが多い。最初から最後まで、その太陽がこの物語のライトモティーフだ。(邦題は『太陽に恋して』とされているらしい。『七月』としてあったこの記事のタイトル訂正しました。)
冒頭でユリがダニエルに、太陽を身につけている女の子に出会うだろう、それがあなたの求めるべき女性だ、と「予言」するとき、もちろん彼女は自分自身のことを言っているので、その晩のコンサートに行くときも、その後も、太陽をモティーフにした服を身に着けている。しかし彼女は実はもう一つ、太陽を「身につけて」いて、それは最後の最後で明らかになる。
日蝕も効果的に利用されている。
映画は7月7日木曜日12時10分、ブルガリアのどこか、というキャプションのついたシーンから始まる。畑と荒れ地の中の道路を一台のベンツがやってくる。まもなく、あたりが暗くなる。日蝕だ。車は路肩に停まり、謎の男が降りてきて太陽を見上げる。
1999年8月11日の昼、現実にヨーロッパから中東におよぶ地域で、皆既日蝕が見られた。この日蝕は、Im Juli のストーリーを考えていたアキンをインスパイアしたはずだ。
この日蝕は、ダニエルの長い回想シーンが続いたあと、あとのほうで再び登場する。そこで明らかになるように、それはまさにダニエルがユリの姿を見失った瞬間であることに注意しよう。
そしてトルコのブルガリア国境からイスタンブールに向かう長距離バスが休憩停車した食堂で、反対方向に向かうメレクに偶然に出会い、そのメレクの乗ったバスを見送るダニエルが、背後に昇ってきた太陽に気づくとき、彼は自分の求めるべきものをはっきりと悟る。
ところで、貨物船から放り出されたダニエルを拾ってくれるルナのトラックには "YU" というステッカーが貼られている。地続きのヨーロッパでは、車にこのようなステッカーを貼ることが義務づけられている。ドイツならば "D"、スイスならば "CH"。 "YU" はユーゴスラヴィアを表す。その上にスプレーで "EX"と書かれているのは、崩壊した「旧」ユーゴの意。
俳優について
ダニエルを演じるのは『ラン・ローラ・ラン』や『es』で日本でも知られるようになったモーリツ・ブライプトロイ。1971年8月13日、ミュンヘン生まれ。近頃のドイツ映画のいたるところに顔を出す。分厚い唇、パーマのかかった黒い髪、うるんだ大きな瞳という、ちょっと南方的なドイツ人離れした風貌。Im Juli の冴えない教師、『ソリーノ』のイタリア系移民の息子、『ラン・ローラ・ラン』のヤクザのパシリ、『ノッキン・オン・ヘヴンズ・ドア』の間抜けなヤクザなどなど。それぞれの役の演じ分けにも感嘆させられるが、共通点ははっきりしている。いずれもどこか情けない男の役で、それがうまいのだ。
ヒロインのユリを演じるクリスティアーネ・パウルは1974年5月8日、ベルリン生まれ。演劇学校などで学んだことはなく、Im Juli 制作の直前に医学部を卒業しており、その後も二足のわらじで活躍しているようだ。
アキンの前作にして劇場デビュー作、"Kurz und schmerzlos"で主演だったメフメット・クルトゥルスが、重要な脇役、イサを演じている。また、本作でブダペストのいかがわしい酒場の店員としてちらりと姿を見せるビロル・ユネルは、2004年のアキン映画『壁に向かって』の主役として強烈な演技力を示すことになる。
ところで、Im Juli では、監督ファティフ・アキンその人が、チョイ役で出演している。ハンガリー/ルーマニア国境のルーマニア側の国境警備兵の役。お見逃しなく。
作品について
この作品は、ドタバタ・ラブコメディであって、御都合主義というか、都合のいい「偶然」がストーリー展開に何度も作用する。だがもちろん、アキンはそのことをじゅうぶん意識している。(DVDに収録されたインタビューテキストから)
Wir haben die Tatsache der vielen Zufälle in der Geschichte diskutiert und kamen zu dem Schluss: Wenn das Publikum diesen Schritt mitmacht, macht es auch den mit. Mag es die Geschichte und die Figuren, wird es auch den nächsten mitmachen. Es entsteht eine Art Konsequenz in diesen Zufällen.
こういう展開、こういうキャラに、ここまで付いてきてくれた観客なら、次の一歩もつきあってくれるだろう、そんなふうにスタッフの中で議論し、考えて、進めていったというのだ。その結果この「偶然」の連鎖のなかに、ある種の一貫性が生まれてきた。それは一種シェークスピア的、「真夏の夜の夢」的なものだとも言う。実際、それは成功していると思われる。一つのとても魅力的なメルヘンとして、この作品は成り立っているのだ。
Im Juli はファティフ・アキン監督のオリジナルのシナリオによって作られているが、Selim Özdogan がノベライズを行っている(Im Juli. Europa Verlag, 2000)。映画が主としてダニエルを中心に追い、ダニエルの視点から描かれているのに対して、Özdogan による小説は、ユリ(とメレク)の視点から書かれている。原作に忠実でありながら、映画では描かれていないユリの単独行動のあいだの冒険が語られていて、興味深い。いったいユリはどうやってイスタンブールまでたどり着けたんだ?と思ってしまった人は、一読して無理矢理納得するようお勧めしたいが、日本語訳はない。
追記:2007年秋に、日本版DVDが発売になった。TSUTAYA などでも置いているところが多いようだ。
『太陽に恋して』



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