februar 2005アーカイブ

赤信号

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ドイツ人というのは、法に対する一種硬直した忠誠を抱えていることになっている。というか、いた。ヒトラーだってきわめて合法的に民主主義の中から出てきたのだし(そもそも法というのは共同体内部のもの、近代で言えばネイションの内部のものだということに気をつけておく必要があるだろう。「国際法」のステイタスは本質的に今でも不安定なままだ)。赤信号で絶対に道を渡らないのがドイツ、赤でも渡るのがフランス、赤のときに渡るのがイタリア、とか、バスの車内に、ドイツでは「運転手に話しかけないでください」、イタリアやスペインでは「運転手が話しかけてきても応えないでください」と書かれている、とか、まことしやかに語られていた。たぶん一面の真実だ(ったのだ)ろう。

ドイツで、赤信号で道を横断したことがある。ボンのホーフガルテンの南西端の横断歩道。道のこちら側には僕一人、あちら側にはいかつい顔のおばちゃん一人。見はるかすかぎり右にも左にも車の影も見えない。(ちなみに、日本では歩行者は右を見て左を見て右を見て渡らなければいけないが、車が右側を走る欧州では、左を見て右を見て左を見て渡らなければいけない。)そのとき、おばちゃんは、赤にもかかわらず横断した僕の通り過ぎざま、「犯罪者! Verbrecher! 」とのたまったものだ。罵られた僕は、「ああ、ドイツだぁ」と思って、かえって何だか嬉しくなってしまった。こんなドイツ人も、もはや死滅しつつあるのが実情ではないかと思う。

    
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ここ数日、メインページの左下にドイツのニュースサイトが提供しているRSSをひっぱってこようとして、なにせ MovableType 初心者だから、試行錯誤していた。

MovableType は UTF-8 だから、基本的にドイツ語やフランス語の特殊文字と日本語が共存できることは、すでにいくつものエントリで実証済みだった。SJIS や EUC で ä, ü, ö, ß を ae とか ue とか ss とか記すのは気が進まないし、フランス語のアクサンなんかどうにもならない。いや、確かにこのあたりのISO 8859-1に含まれる特殊文字は、HTML entities と呼ばれる表記法で書き換えることを厭わなければ、SJIS ベースでも共存させることは不可能ではない。しかし中国語や韓国語ともなると、日本語と共存させることもできない。ユニコードは違う。いろいろ言われているユニコードだけれど、このさい徹底して使って多言語共存を進めてやろう、と思っていた。

ところが、RSSフィードを引っ張ってくるとなるとすんなりとは行かなかった。あちこちの MovableTye サイトで使われているmt-rssfeed プラグインで持ってくると、どうもうまくいかない。ドイツのサイトはRSSにもたいてい ISO-8859-1 を使っているので、それを UTF-8 に変換してやりさえすればいいはずなのだが、どうしてもウムラウトなどが化けてしまう。

PHP のほうで、MagpieRSS というモジュールがあることに気づいたので、ためしにそれを使って、RSSを取ってきて、これに PHP の mb_convert_variables をかけてやると、UTF-8 できれいに表示できる。ならばそれを MT のメインページに埋め込んでやればいいではないか。そう思ったけれど、メインページの拡張子は .html だから、そこに .php ファイルを include してやってもうまく動かない様子。はて、では PHP のほうから .html ファイルを書き出させて、それをMTIncludeすればいいのかなどと考えて悩んでしまった。

そこで思いついたのが、MT と PHP の初心者にしてはたいへんな「逆転の発想」。MT のメインページの拡張子を .php にしてしまえばいいではないか。メインページを含めて、MT のテンプレートには、書き出しファイル名を指定する欄がある。ということはなにも index.html でなくてもいいのではないか。index.php でもいいのではないか。そうしておいて、MagpieRSSで RSS を引っ張ってくる .php ファイルを PHP でインクルードしてやる。やってみたらうまくいった。MT がそれだけ柔軟で頑丈に設計されているということだろう。もしかしたらどこかに不具合が潜んでいるかもしれないけれど、今のところはうまく動いているようなので、しばらくこれで行ってみようと思う。

というわけで、ここのメインページの左には、Lycos.deからとってきたニュースの見出しが文字化けもせずに並んでいるはずですが、いかがでしょうか。

    
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今回、ムアバッハに入る前の中継点としてコルマールの街に宿泊した。コルマールへは、パリからストラスブールで乗り換えて電車で。コルマールはストラスブールやミュールーズと並んでアルザスを代表する美しい街。
colmar.jpg

数多い木組みの家、小ヴェニスと呼ばれるピトレスクな運河の一角があり、ドイツ料理を洗練したような郷土料理、上質の白ワインが味わえる。
これは Brasserie Les Dominicains で食べた Quiche Lorraine。ワインは地元のミュスカ。
quiche.jpg

コルマールからサン・バルナベへは、自家用車やレンタカーを使えば問題ないが、そうでない場合は、コルマールからタクシーで30ユーロあまり。コルマールから3.1ユーロのバスでGuebwiller ギュープヴィラーまで行き、そこからタクシーに乗れば10ユーロ。しかしGuebwillerのタクシーは街はずれにあって分かりにくい。
コルマールの駅前からは、一日三本(週末と祝日は2本)、ライン川にかかる橋を渡ってドイツのブライザッハに行くバスが出ている。ブライザッハから環境政策で有名なフライブルクまでは電車で30分。

#宿泊:ムアバッハの村に Hôtel Domaine Langmatt。ムアバッハの少し手前に、今回泊まった Hostellerie St-Barnabé。グラン・バロンの肩にホテル・レストラン Chalet-Hôtel du Grand Ballon (tel.: 03 89487799, Fax: 03 89627808)。登山客用の大部屋の他に、トイレ・シャワー付きの部屋も9室ある。

#Ferme Auberge フェルム・オーベルジュというのはもともと牧畜農家が副業でやっている、登山者に食事を出してくれる山小屋。酪農家たちは、毎年、5月末に、牛たちを山の上の牧草地に上げ、9月末に下に降ろす。ヴォージュ山脈の酪農業は、第一次世界大戦の戦場となったことで大きな打撃を受けた。そこからの打開策として、また登山客がちょうど多くなってきたことを受けて、このフェルム・オーベルジュははじめられた。1971年には上部ライン地区の35の酪農農家が「自然に帰ろう」という標語のもとに Ferme Auberge の協会を組織し、やがてフランスの他の地域を含む組織となった。その土地の、農家の食事そのままを提供するのが本来の趣旨で、当初は、出す料理の70パーセントが自家生産でなければならないという厳しい規制があったが、これは1982年に緩和された。料理の材料の一部に、アルザスやヴォージュで生産されたものを使えばいいだけになったのである。典型的な「酪農家の食事」repas marcaire ルパ・マルケールということになっているのは、前菜にレバーペーストとサラダ、メインディッシュに豚の肩肉の薫製(collet)と、灰の中で焼いたジャガイモ(roigebrageldi)、デザートにシアスカース siasskas と呼ばれる、一種の凝乳にキルシュヴァッサーと砂糖を入れたもの、あるいはコケモモのトルテ、といったところ。もちろん、もっとシンプルなメニューもたくさんある。持ち帰り用に自家生産のチーズを販売しているところも多く、一部のフェルムでは宿泊もできる。夏場の利用は特に問題ないが、山の上での放牧が終わる9月以降は、週末だけ開けるところ、午後6時から開けるところなどが多くなるので、地元の観光案内所 Office du Tourisme などで確認する必要がある。Guebwiller の観光案内所は、73, rue de la République, 68500 Guebwiller。電話番号は、03 89761063。ファックスは 03 89 765272

ちなみに、フランス・アルザス日本代表部のページはこちら。どちらかというと企業誘致のための宣伝サイトのようだ。この中の、「アルザスの特徴」のページ、「特徴」の11と12が取って付けたみたいで面白い。僕にとって大事なのは13なんですけど。

アルザスの地名の表記は難しい。アルザス方言というのは基本的にはドイツ語の一種で、地名もその系統のものが多い。ル・グラン・バロンというのはフランス式の名前だが(ドイツ語ではデア・グローセ・ベルヒ)、Murbach などは明らかにドイツ的な地名である。そのつづりをフランス式に発音(ミュルバック)しても通じるが、標準ドイツ語的な発音(ムアバッハ)の方が地元の感覚には近いように思われる。この一連の記事では、明らかなフランス語のほかは、ドイツ語的な発音に似せてカナ表記しておいた。

    
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山道は終わりだが、この谷の舗装道路を下っていくと、まだ見ものがある。まず途中、左手の路傍に大きな石造りのキリスト磔刑像がある。途中の集落で道が二手に分かれるところでは、橋を渡って右の道が車が通らなくていい。すぐにまた合して、もう一度二手に分かれるところが Murbach の村。山あいに唐突に出現する巨大なロマネスク様式の教会(かつての修道教会)を真ん中に、道は左右に分かれて通っているのだ。家は十軒もあるだろうか。車道に出てからここまで15分程度。教会を見学するなら左の道がいい。
murbach.jpg

右の道を行くとすぐに、小川にかかる木橋があって右の山に入る道がついている。これがここから Munsteraeckerle に登るときの登山口(青丸の印)。これをやりすごして舗装道路を進むとすぐにまた教会の左を通ってきた道に合し、Murbach の犬の紋章の付いたバロック様式の石造りの門をくぐる。かつての修道院の入り口だ。出た右の石壁に小さな入り口がくり抜かれていて、"EXPO" という札がある。中は、中世の修道院の菜園を再現したような小さなハーブ園になっている。フェンネルやアニスの花には蜂がむらがっている。
ここに修道院がつくられたのは13世紀初頭のこと。修道院はLauchラウフ谷やThurトゥール谷一帯の領主であり、山地を出たところにGuebwiller ギュープビラーやSt. Amarin 聖アマーリンの城塞都市を建設した。上部ラインの広い範囲を支配していたのだ。農民戦争の終結後、ムアバッハは南部アルザスにおけるハプスブルク家と反宗教改革の重要な拠点となった。三十年戦争の終結した1680年以後は、一帯はフランス領となる。18世紀なかばになると修道士たちはこの山あいの修道院を捨て、Guebwillerの町に拠点を移して騎士団となる。その際、Guebwillerの聖母教会の建設に、ムアバッハの石材が流用された。その残りがムルバッハの教区協会となった。しかしそのわずか数年後に、ムアバッハの修道院はフランス革命によってその歴史を閉じる。騎士団は廃され、教会は1798年に農民たちによって略奪される。
18世紀に側廊が取り壊されたため、現在残っているのは翼廊だけである。二つの四角く高い塔。ところどころに残るロマネスクの装飾。
lions.jpg

もちろん、アルザス一帯が、20世紀前半にはドイツとフランスの間の争奪の対象となったことも忘れてはならない。
ムアバッハからサン・バルナベにはさらに15分ほど下る。サン・バルナベに着く直前、道の左側には、ミント系の草が二種類自生していて、ここにも蜂たちが集まっている。なお、この谷の道路脇にはイラクサも多いから注意のこと。
minz.jpg

    
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このweblogの "German Cinema" というカテゴリーでは、まだ日本では公開されていないドイツ映画を中心に紹介している。ドイツ版の DVD なら手に入るという作品がほとんどだ。amazon.de は、CD-ROM 類は国外に売ってくれないが、音楽 CD や映画の DVD なら OK。

In Partnerschaft mit Amazon.de


日本国内で発売になったドイツ映画の DVD については、こちらが充実している。
ドイツ映画/ドイツ語映画データベース
僕にとっても、へえ、こんなの日本国内で出ていたんだ、という DVD がたくさん紹介されている。
あるいはここ。やはり日本版が出ているものが中心。
ドイツ映画情報
非常に丹念に集められている。ただし、固有名詞などのカタカナへの音訳には少し変なところがある。

海外版の DVD について、ここで念のために記しておくと、市販 DVD には、まず映像方式で NTSC と PAL の二つがある。NTSC は日本やアメリカ、PALはヨーロッパなどだ。この違いはVHSのときからある。ビデオテープは、アメリカで販売されているものは日本のプレイヤーで見られるけれど、ヨーロッパで販売されているビデオテープを日本の通常のビデオデッキで見ることはできない。

DVD には、この映像方式の違いに加えて、地域(リージョン)コードなる厄介なものが加わる。世界をいくつかのゾーンに分け、それぞれの地域に番号を割り振り、その番号が DVD ソフトと、DVDプレイヤーで一致しないと再生できないのだ。アメリカの地域コードは1、日本やヨーロッパの地域コードは2。地域コード1のDVDは、地域コード2のDVDプレイヤーでは再生できない。

そういうわけで、アメリカの DVD は映像方式は NTSC である点は○だけれど、地域コードが1だから結局×。
ヨーロッパの DVD は、地域コードはありがたいことに日本と同じ2で○だけれど、映像方式が PAL だから×。

つまりどちらも通常の日本国内向け家電DVDプレイヤーでは見られない。

では抜け道はないのか、というとそんなことはない。少なくともヨーロッパの DVD に関しては。

PAL だろうと NTSC だろうと、地域コードがなんだろうと見られてしまうプレイヤーも、ネット上で堂々と売られているのだが、ここでは紹介できない。それは置いておいて、実は DVD ドライブのついた Mac や PC では、PAL だろうが NTSC だろうが関係なく見ることができる。問題は地域コードだが、上記のように、ヨーロッパと日本の地域コードは同じ2だから、何ら差し支えない。地域コードが2とは違ったらどうかというと(PC の事情はよく知らないが)、Mac の場合、5回までは切り替えて使うことができるようになっている。それ以降は切り替えることはできなくなる。だから、日本国内で購入した Mac でも、地域コードを1専用にしてしまって、それでアメリカの DVD を見るということは可能なわけだ。そして、繰り返しになるが、ヨーロッパの DVD に限るなら、Mac 上で観るぶんには何の問題もないのだ。12インチの PowerBook では映画を観るには小さすぎる、というのなら、PowerBook を手持ちのテレビに繋げばいい。

    
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ユーデンフートのコルでの大休止のあと、泉の前の道を進む(赤白赤のマーク。Ferme du Ballon, Grand-Ballon へという標識)。
wegweiser.jpg
すぐに二手に分かれるので、右の登り道をとる。ここからはBelchenwald と呼ばれる、ユーデンフートの南からグランバロンの東の山腹にあたる森林の中をひたすら登っていく。ユーデンフートのコルから30分ほどで左に Ferme du Ballon、つまりバロン小屋に向かう道を分ける(赤い菱形のマーク)。ここではそのまま赤白赤のマークの道を辿る。やがて休止中のスキーリフトの下をくぐる。道はリフトの下をすぐに再びくぐって、右方に向かう。巨大なブナの樹林の中をまっすぐ進み(このブナ林の中の空気は特に柔らかく感じられて、気持ちがいい)、やがて左に折れて一息で、グラン・バロン直下の広場の、セルフサービスの食堂の脇に出る(1343m)。ユーデンフートのコルから約45分。ここには Route des Crêtes と呼ばれる車道が通っており、駐車場には何台もの車が停まっている。高齢者をいっぱいに乗せた観光バスまで来ていた。実際、多くの人はここまで車でやってきて、グラン・バロンの頂上までの一登りを歩き、眺望を楽しんで帰るのだ。広場の道を挟んだ反対側には、年中無休のホテル (Hôtel du Grand Ballon) があり、その脇には子供用のボブスレー遊びのコースがある(樋状のコースをプラスティックの橇で走る)。ここのセルフの食堂、山の上の食堂なのに品揃えはさすがにフランスと言うべきか。トレーを取ってカウンターに並び、主菜とコーヒーなどは店の係に出してもらうが、前菜とデザートは回転する台に載ったものを自分で取る。前菜はメロンと生ハムの盛り合わせなど。デザートはフルーツのタルト、レモンのタルトなど豊富。ここには土産物屋も併設されている。
食堂から車道を渡って、ホテルの左手からグラン・バロンの山頂に向かう(約15分)。
gb.jpg

ちょっとザレて歩きにくい道だ。グラン・バロンの頂(1424m)は、大きな草地の円頂で、グラン・バロン(=大きなボール)の名はそこから来ている。(土産物屋には、女性のバストやヒップを大写しにして、「ヴォージュのバロン」と書いたおふざけの観光絵はがきも売っている。)ヤナギランのような花が目に付く。
fl.jpg

山頂付近には、青い悪魔の記念碑と呼ばれる巨大なケルンのような塔と、気象関係のレーダードームがある。ドームの基部は展望台になっていて、四方の眺望を説明するプレートが取り付けられている。実際、この眺望こそがグランバロンの売りであって、直下まで車で来る人々も、それを目当てに来ているわけだ。周囲のヴォージュの山並みはもちろん、西は遠くパリ盆地まで見渡すことができるし、東は、ライン川を挟んだ(川の向こうはドイツである)シュヴァルツヴァルトの山並み、天候に恵まれれば(特に秋から冬にかけては)スイスアルプスまでよく見えるという。残念ながら、今回は、朝は晴れていたものの、途中から時折小雨が降るような天候になってしまい、そこまでの眺望は得られなかった。
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山頂からホテルのある広場に戻って、セルフの食堂(「アルプスの眺望」という名である)の左手から、今回の下山路に入る。西側に下って行く車道が最初に大きくカーブするところで、"Ferme Augerge Roedelen, Gustiberg" の標識に従い、車道を離れ、真北の山道に入っていく。この道も赤白赤の四角い印。灌木の間の明るい道をまっすぐ下ると、林道にぶつかる。ここに避難小屋が記されている地図もあるが、それらしいものは見当たらない。この林道を20メートルぐらい右にたどると、左に牧柵を通って入る山道がある。やがて開けた牧草地に出ると、すぐ下に Alm Roedelen レーデレン・アルムの有人の山小屋が見える。牧柵を開けて斜めに下り、小屋の前に出る。セルフの食堂から約30分。ここでも食事を出してもらうことができる。今回、このあたりには馬と牛と羊が揃っていた。
tiere.jpg

さらに牧草地の中を北に進む。途中、右に Lieserwasen に直接下る道を分けると、樹林の中の急下降になる。やがて周りが再び開け、牧草地の中に広葉樹が点在する気持ちのよい道になるとまもなく、グスティベルクの山小屋 (Ferme Auberge Gustiberg)。Roedelen から約15分。ここも食事を出してくれる。小屋の前の席では、グランバロンから下ってきた人々や、Lac du Ballon の湖から歩いてきた人々が、ビールやワインを飲みながらにぎやかに食事をしている。彼らはほんとうにアルコールに強い。こちらは飲めば歩けなくなってしまうから、ぐっと我慢してコーヒーを注文する。早めに行動することができれば、車で登って来た客も群がるグランバロン直下のセルフの食堂よりは、ここで昼食にするのがいいかもしれない。
pferd.jpg

ここから30分ほどは、東に向かって坦々とした林道歩き。今度の印は青い十字。Lieserwasen へという道標に従う。途中、二三の道が分かれるが、ほぼ一貫して水平に山腹を進んでいく道だ。ところどころで北側の眺望が開け、小バロン方面の山並みが見渡せる。最後に、Schutzle シュッツレに下る道を左に分け、右に、登り坂になる。この坂を5分も登って、作業小屋のようなものが見え、左手がやや明るく開けたところに来たら、そこが Lieserwasen リーサーワーゼン。ここから赤白赤の道標に従い、左に少し下ると、別の林道にぶつかる。そのまま林道を横断して、正面の樹林に入る。ずいぶん適当に伐採されているように見える樹林の中を少しずつ右に向かいながら降りていくと、先ほどの林道と再び交差し、樹林の山腹を斜めにまっすぐ急降下していくようになる。やがて右下からの林道を合わせると、まもなく Col de Wolfsgrube ヴォルフスグルーベのコルに着く。Lieserwasen から30分ほど。ここも七叉路ぐらいの結節点。テーブルとベンチ、避難小屋のほかに、水場もあるが、今回ここの水は涸れていた。ここから辿るべきは、出てきた道の、水場を挟んですぐ右下を下っていく林道状の道だ。ここから再び日の丸のマークに従う。Murbach へという道標もはっきりしている。やがて牧草地沿いに右下に降りる道に入ると、二三軒の家のあるところでBelchenthal ベルヘン谷の舗装道路に出る。あとはこの道を下っていくだけだ。

    
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iTunes から AirMac Express 経由でオーディオ装置に音を流せるようになった。CD から iTunes に取り込んだ音楽は問題ないし、iTunes で受信したインターネット放送も、こうして、AirMac Express につないだまともなオーディオ装置で聴くことができる。しかし…

Steve Jobs が iPod 人気に擦り寄ってきた Real を袖にしてしまったために、インターネット放送で iTunes が受信できるのは、したがってまた AirMac Express に流せるのは、mp3 形式のものや ogg 形式のものに限られる。RealAudio や WindowsMedia 用の放送は、AirMac Express 経由で聴くことはできない。
Deutschlandfunk などは、RealAudio、WindowsMedia 以外に mp3 でも配信してくれているので問題ないが、RealAudio や WindowsMedia だけの放送局はまだまだ多い。まあ、mp3 や ogg でもマメに探せばいい放送局があるので、仕方ないか…。

…と思ったら、RealPlayer や WindowsMediaPlayer で受信した音声を iTunes に通してAirMac Express から流すことを可能にする方法がこちらの記事にあった。Using Nicecast To Send Any Audio To AirPort Express

nicecast.gifNicecast というソフトを使う。
やり方は簡単で、

Step 1) RealPlayer を立ち上げて、聴きたい放送を受信する。
Step 2) Nicecast を起動し、 RealPlayer を Source に指定する。. Start Broadcast ボタンをクリック。同じウィンドウのスライダーを左端まで動かして、ローカルマシンの音量をゼロにする。
Step 3) iTunes を開き、出力先を AirPort Express に指定する。次に、「詳細設定」メニューから「ストリームを開く…」を選択、URL 欄に http://127.0.0.1:8000 と記入し、 "OK"ボタンをクリック。これで RealPlayer で受信している音声が iTunes 経由で AirMac Express に送られるようになる。Windows Media Player でもやり方は同じ。

つまり手元の Mac 自体を、RealPlayer や WMP を音源とするストリーミングサーバにしてしまって、それを同じ Mac 上の iTunes に受信させるわけだ。

Nicecast は $40 のシェアウェア。デモ版の状態では、数分経つと意図的に音質が落とされる。

    
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フランス東部、ドイツとの国境にも近いル・グラン・バロン (Web 上の案内はたとえばここ) は1424mで、上部ライン地方の西に隆起するヴォージュ山脈の最高峰。樹林と牧草地に取り巻かれた草地の円頂で眺望にすぐれ、地形にとくにアルペン的なものはないが、気候条件から高山植物は豊富で、また夏場、牛や馬の放牧された牧草地も数多くあり、ヨーロッパの山の一パターンが味わえる。コースは長め(19km、5時間半)だが、特に困難な箇所はない。道標や山小屋も整備されていて、積雪期やよほどの天候でなければ安心して歩ける。食事は山小屋などで摂れるので、補給用の水分と非常食のほかはあまり持参しなくても済む。雨具のほか、夏場でも上の方では天候によってそれなりに冷え込むので、その用意さえあればよい。登山地図は、フランスの Instititut Geographicque National が出している2万5千分の一の、3719OTという番号のもの(8.99ユーロ)。周辺の観光案内所や書店で容易に手に入る。

st_barnabe.jpgこの写真だけ、ホテルのページから拝借。
2003年8月、Murbach ムアバッハの村から少し下ったところの Hostellerie St. Barnabé オテルリー・サン・バルナベに宿泊 (378m)。山あいの家族経営の小さな ホテルだが、立派なレストランを持つ。8月20日朝、宿の前のミニゴルフ施設の脇から始まる林道を登っていく。このあたりの山には、コースごとに、決まったマークが付けられていて、登山地図にも同じマークが記されている。この道は赤丸。長方形の白いプレートの上に描かれているので、まるで日の丸だ。道の脇には、ところどころ、ブラックベリーの茂みがあるので、摘みながら歩く。黒くつややかに熟した実は、ときにものすごく甘くなっていて、そういうものに当たるとうれしい。
brombeer.jpg

まもなく林道が左にカーブするところで、右に入る道標がある。大きく蛇行する林道に対するショートカットになっている。もう一度林道に出て、少し先でまた登山道に入る。樹林の中をほとんどまっすぐに登っていく。もう一度林道を横断すると、大きくジグザグに登っていくようになる。右に Murbach からの道を合わせると、Munsteraeckerle ムンスターエッカーレの鞍部 (655m) に着く。ここまで 約45分。このあたりの山の、こういう鞍部では、たいてい何本もの道が合している。ここには休憩用のテーブルとベンチがあり、その近くにもブラックベリーの大きな茂みがある。少し東の方へ行くと、北面の展望がよく、Le Petit Ballon ル・プチ・バロン(小バロン)などが望まれる。
p8190001.jpg

ここから西に向かって、Ebeneck エーベネック山の山腹を巻くようにして次の峠、Col de Judenhut ユーデンフートのコルに向かうのだが、Ebeneck の北側を通る道(Rocher de Waldeck という標識) と、南側を通る道(Ebeneck)がある。南の道を行く。南面の山腹を西に向かう林道をほんの少し行くと、右に入る山道がある。今度のコースの目印は赤白赤のオーストリア国旗のようなマーク。
marke.jpg

樹林の中の少しきつい登りが、ほの暗い針葉樹林の中の道になると、やや平坦になる。広葉樹林になり、有刺鉄線の牧柵の狭いゲート(牛が通れないようになっている)を通り抜けると、牧草地の中の登り。離れたところに牛の姿が見られる。牧草地を突っ切ると、また林道を横断する。また林道に出て、あとはひたすら林道を西に向かってたどる。南面の展望がよく、またグラン・バロンの姿も見えてくる。間もなく Col de Judenhut に到着。ユーデンフートのコル (973m)。
col_de_judenhut.jpg

Munstereckerle からはちょうど1時間ほど。ユーデンフートというのは正面の山の名前だが、そこに直接向かう道はない。このコルも六叉路ぐらいになっている結節点。明るく開けたところで、正面には避難小屋といくつものテーブルとベンチ、その左下にはシュルンベルガーの泉 (Fontaine Schlumberger)と言われる冷たく水量豊富な水場がある。流れ出した水は、木の樋に溜められ、牛なども飲めるようになっている。たいていのひとはこの泉で水を詰め替えている。(つづく)

    
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夜中、家のベランダにぼーっと座る。このところ、風さえなければ、それほど寒くない日も多い。西向きなので、冬の夜更け、プロキオンとシリウスとベテルギウスの「冬の大三角」がよく見える。都市部で周りが明るいからということもあるが、僕の視力で(眼鏡をかけていても)ちゃんと見えるのは一等星、せいぜい二等星止まりなのが悲しい。

かつて Bonn にはのべ三年暮らしていたのだが、先日、改めて Bonn のことをあれこれ調べていて、Argelander アーゲランダーのことを初めて知った。Friedrich Wilhelm August Argelander (1799-1875)。19世紀の天文学者。天文に興味のある人なら、星図には接しているだろうが、近代的な星図の基盤となったのがアーゲランダーの仕事、ボン掃天星図 Bonner Durchmusterung (BD)だったのだ。durchmustern というと、残らずチェックしていく、という感じだろうか。「掃天」という定訳はそれを酌んでいる。

Argelander.gif

BD は、アーゲランダーがボン天文台の口径72ミリの望遠鏡で可能な限りのすべての恒星の位置を記録していったもので、1859-86年にかけて出版された。赤緯-2度以北の恒星32万個を記録、のちに門弟のシェーンフェルト Eduard Schönfeld が-23度まで拡張、13.3万個を追加。星には赤緯の1度の幅ごとに赤経の順に番号がふられて、それが今も星の名前として用いられているのだ。
(このあたり、とりあえず平凡社の『世界大百科事典』の記述によった。ここなども参考。アーゲランダーの星図はここで見ることができる。)

そういえば、ボンにいたとき、音響学の資料を探していて、偶然にこの天文台のところへ行った。かつてのケルン選帝侯の宮殿である大学本館から、生物学系学部の入っているポッペルスドルフ宮殿に向かって延びるポッペルスドルフアレーというとても美しい並木道、その両側は高級住宅街、そういう住宅の裏手、アレーからちょっと南に入ったところに、天文台が隠れていた。

でも、そのときはアーゲランダーのことなど知らなかった。天文台の玄関ロビーには彼が使った72ミリ、倍率10倍の望遠鏡が飾ってあるというが、その時、目にしたのか、しなかったのか。それにしても、高台でもなんでもない住宅街の蔭、ボンの中央駅からもほど近いところの、可愛らしい天文台だった。

これも駅に近い「旧墓地」に、作曲家ローベルト・シューマンの墓があることは比較的知られているが、アーゲランダーの墓も同じ墓地にある、らしい。この墓地も何度か行っているのだけれど、当時はアーゲランダーのことなど知らなかったから気をつけて見ていない。

    
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今朝の毎日新聞は、11面にわたって「日本におけるドイツ年 2005-2006」の特集を組んでいる。その第1面に久米宏のコメントがあって、この映画に触れている。(「ベル〈リ〉ンの奇跡」となっているのはおそらく編集側の勘違いだろう。)近々日本でも公開されるらしい。

昨年のベルリン映画祭でファティフ・アキンの『壁に向かって』が金熊賞を取ったとき、銀熊賞になったのが、ゼンケ・ヴォルトマン監督の『ベルンの奇跡』 "Das Wunder von Bern" だった。

das_wunder_von_bern.jpg←ドイツ語版DVD。PAL方式なので、日本の家電DVDプレイヤーでは再生できない。

1954年、スイスのベルンで行われたワールドカップで、西ドイツが奇跡的な逆転優勝を果たした実話に基づいた物語。
久米宏が言っているように、「サッカーファン必見」、サッカーファンにはたまらない、のだろうけれど、映画的にはたいした作品だとは思えない。10年間ソ連に抑留されていて、ようやく帰還してきた父親と、その息子の物語が絡められているのだが、なんとも中途半端に終わっている。父親役のペーター・ローマイヤーに顔つきが似ているだけで採用されたのではないかと思われる子役のルイス・クラムロートにまるで魅力がないのも致命的だ。とってつけたような紅一点である記者の妻の役、カタリーナ・ヴァッカーナーゲルもまるで浮いている(まったく必然性のない、ドラえもん的サービスカット?の入浴シーンまである。B級作品の証し)。

強いて言えば、「戦後ドイツ」の状況や空気を伝えることには、ある程度成功しているようだ。重苦しく辛い時代状況のなかで、この54年のワールドカップ優勝がどれほどドイツ人たちを高揚させたかということも理解できる。

しかし、これが銀熊賞を受賞し、観客動員数も相当なものだったということは、なんと言っても一つのことを示していると思う。ドイツ人はサッカーが好きだ、ということだ。

    
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Solino
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ファティフ・アキン作品紹介の続き。

1964年、アマート一家は故郷の南イタリアの田舎町ソリーノを離れ、北ドイツ(ルール工業地帯のデュースブルク)に移住する。製鉄と炭坑と雪(!)のある町。だがパスタは? ピッツァは? そこで一家はルール地方最初のピッツェリアを開いて大当たりする。母親のローザ(アントネッラ・アッティーリ)が必死で料理し、父親のロマーノ(ジジ・サヴォイア)が女性客に鼻の下を長くしているうちに、二人の息子たちジャンカルロ(モーリツ・ブライプトロイ)とジジ(バーナビー・メチュラット)は同じ女の子(ヨー:パトリツィア・ツィオルコウスカ)を愛するようになる。ジャンカルロはいかがわしい仲間と遊び歩き、ジジは映画製作を志すが、ロマーノは理解しようとしない。10年後、ローザは疲れ果て、家族は壊れ、ジャンカルロとジジの兄弟も不和となる。さらに10年後、二人がソリーノで再会したとき、それぞれの人生はどうなっていたか…。

2002年の本作 "Solino“ はアキンが初めて自作脚本ではなく、他人(Ruth Toma)の物語の映画化を試みたもの。イタリアからの移民一家の物語は、自身トルコ系移民の子であるアキンには思い入れ深いものがあったようで、しっとりとした佳品に仕上がっている。繰り返し見たくなる映画の一つ。

台本も演出もいいからということもあるだろうが、俳優たちがみんなうまい。両親役のアッティーリとサヴォイアも、中心となるジャンカルロとジジの兄弟を演じるブライプトロイとメチュラットもいいし、何よりその少年時代を演じるミケーレ・ラニエリと、特にニコラ・クトゥリネッリがいい(『ベルンの奇跡』のクラムロートとはえらい違いだ)。ヨーを演じるツィオルコウスカもうまいし、アーダを演じるティツィアーナ・ロダートもとても魅力的だ。いや、写真屋のクラウゼンさんを演じるヘルマン・ラウゼだって、ジジあこがれの映画監督バルディを演じるヴィンチェント・スキアヴェッリだっていい。つまり(アキン映画ではいつもそうだけれど)キャスティングにも隙がないのだ。

LINKS
映画 Solino 公式ホームページ。(ドイツ語)
映画 Solino についてのファティフ・アキンへのインタビュー(ドイツ語)
映画 Solino の紹介と批評。詳しい梗概もあり。(ドイツ語)
映画 Solino の紹介と批評。(英語)
映画 Solino を素材にした Goethe-Institut のドイツ語学習ページ

    
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tedeschi neri?

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tsujigakuさんがスイスの日焼けサロンについて書いている。
チューリヒ日記2004/5:日焼けサロン

solarium.jpg
ベルンではそんなに珍しかったんだろうか? 少なくとも十数年前の〈西〉ドイツでは、すでにいたるところで見かけたし、今でも健在だ。ベアテ・ウーゼ(何だかわからない人は詮索しないでいいです)と同じくらいの頻度で見かけるし、同じようにどちらも僕は入ったことがない。そういえば、映画『グッバイ、レーニン!』でも、主人公の義兄がもとの母親の部屋にこれを持ち込んで全裸で使っているシーンがあった。今から考えてみると、当時の東西ドイツのギャップを示す小道具でもあったわけだ。そりゃ、〈東〉ドイツにはあんなものはあんなやたらにはなかっただろうから(ベルンも東ドイツだったのか?)。「日焼けサロン」に関して十数年前の経験でぶっとんだのは、ボン大学のとある学生寮。なんと地下に、この日焼けマシーン (上の画像のようなやつ) があって、たまに実際使っているやつまでいたのだ。

ドイツ人たちは太陽が、日光浴が好きだ。夏場、公園の緑地で、半裸になって横たわって太陽の光を浴びている連中がよくいる。場所によっては全裸だったりもする。日本よりも高緯度にあるドイツでは、夏場の日差しに対する憧れが強いのだと言う説明はよくあるし、たぶん当たっているのだろう。でもtsujigakuさんが言うように、それできれいに日焼けするやつなんていないし、そもそもちょっと強い紫外線に当たっただけで水ぶくれのようになってしまうので夏の直射日光はできるだけ避けているというやつも多い。また紫外線による皮膚ガン誘発の可能性が最もヒステリックに語られている国でもある。やっぱりヘン。

    
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今年のベルリナーレ(ベルリン映画祭)の受賞者が決まったようだ。金熊賞はビゼーの『カルメン』を南アフリカに置き移した南アの作品。審査員銀熊賞は中国の『孔雀』。銀熊賞の監督賞、主演女優賞は『ゾフィー・ショル 最後の日々』のマルク・ローテムント監督とユリア・イェンチュ。などなど。参加作品は52カ国から340本、うちドイツ映画は3本だったという。
Rundfunk Berlin-Brandenburg | Berlinale 2005 - Goldener Bär für "U-Carmen eKhayelitsha"

中国勢が目立つなあと思ったら、こんな事情もあるんですね。
新華通信ネットジャパン:04年、巨額を投じた中国映画が急増

    
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ベンヤミン・クヴァベック (Benjamin Quabeck) の映画は、若者が何かに一生懸命になって、最後は「犯罪者」になって終わる。"Nichts bereuen" しかり、"Verschwende deine Jugend" しかり。「青春ドラマ」を作ってこれほど臆面もなく「暗い」監督はいないだろう。ハリウッド的に脳天気におめでたい青春ドラマに対するアンチテーゼというにはあまりに脳天気に暗いように思われる。("Nichts bereuen" でも、ハンス・ヴァインガルトナー監督の "Das weiße Rauschen" でも悲惨な主演だったダニエル・ブリュールが "Good bye, Lenin!" の主役を射止めたことは、まことに慶賀すべきことに思われる。)
クヴァベックには、主人公たちを犯罪者にしてしまう社会や国家に対する批判があるわけではない。(それがあればいいというわけではもちろんないが。)ただ暗いのだ。もちろん、われわれは事後的に「青春」を美化しがちだし、その意味で クヴァベックは一定の「真実」を射当てているのだという見方も可能だろう。だが、その暗さは批判性を欠いた脳天気な暗さに見えてしまう。
クヴァベック映画のヴィーナス、ジェシカ・シュヴァルツにも不満がある。特に演技がうまいわけではない。演技を要求されてもいない。たんに(ドイツ女にしては?)美形なだけなのだ。その点、美人というのとは少々違うであろうにもかかわらず不思議な存在感と演技力をもつフランカ・ポテンテ(トム・ティクヴァ監督の『ラン・ローラ・ラン』。ハリウッドに行ってやった『ボーン・アイデンティティ』のリメイクは失敗だったが)や、演技を正式に学んだことがないにもかかわらず才能のきらめきを感じさせるクリスティアーネ・パウル(ファティフ・アキン監督の『七月』)あたりの魅力は際立つが、クヴァベックがこうした女優を使うことはない。

…と思っていたら、そのシュヴァルツが先日のバイエルン映画祭で最優秀主演女優賞を獲得した。一皮むけた、成長した、ということなのだろうか、監督がよかったのだろうか。"Kammerflimmern" という映画での受賞。監督はヘンドリック・ヘルツェマン、これは上に挙げた(こきおろした)クヴァベック監督の "Nichts bereuen" の脚本を書いていた人物で、弱冠26歳だという。梗概(たとえばここ)で読む限り、人物や状況の設定はいくつかのトム・ティクヴァ映画に似ているように思えるが、いずれ観てみたいものだ。

    
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「わが最愛の女(ひと)よ、ぼくは何千マイルもの道を歩んできた。河を渡り、山を動かした。ぼくは苦難を受け入れ、困難をいとわなかった。ぼくは誘惑に打ち勝ち、太陽に従った。きみの前に立ってこの言葉を言うために──愛している。」

ハンブルクの街角でアクセサリーを売るユリ(クリスティアーネ・パウル)。いつも前を通りかかるサエない見習い教師ダニエル(モーリツ・ブライプトロイ)になぜかぞっこんだ。夏休みの始まる日、ダニエルを振り向かせようとユリが仕掛けたトリックから、とんでもない大冒険が始まる。その晩出会ったメレク(イディル・ユーナー)こそわが生涯の女性だと思い込んだダニエルは、彼女を追って一路イスタンブールへ。バイエルン─オーストリア─ハンガリー─ルーマニア─ブルガリア。ロードムービーとドタバタ・ラブコメディとメルヘンをミックスした、ファティフ・アキン監督の初期の傑作。(2000年、ドイツ語/95分、日本未公開

im_juli.jpg
Im Juli
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Im Juli を楽しむために知っておくといいかもしれないこと
ヒロインの名前、ユリ Juli は、ドイツ語で「七月」を意味する。物語が展開していくのも、七月だ。七月といえばドイツだって夏の日差しを感じることが多い。最初から最後まで、その太陽がこの物語のライトモティーフだ。(邦題は『太陽に恋して』とされているらしい。『七月』としてあったこの記事のタイトル訂正しました。)

冒頭でユリがダニエルに、太陽を身につけている女の子に出会うだろう、それがあなたの求めるべき女性だ、と「予言」するとき、もちろん彼女は自分自身のことを言っているので、その晩のコンサートに行くときも、その後も、太陽をモティーフにした服を身に着けている。しかし彼女は実はもう一つ、太陽を「身につけて」いて、それは最後の最後で明らかになる。

日蝕も効果的に利用されている。

映画は7月7日木曜日12時10分、ブルガリアのどこか、というキャプション